宇賀神友弥は帰化してる?嫁や子供、兄弟についても調査

こんにちは、日本屈指の選手層を誇る浦和レッズにおいて、長年レギュラーを務めています宇賀神友弥選手。

12月9日のJFA第98回全日本サッカー選手権大会決勝では、値千金のダイレクトスーパーボレーシュートを決め、浦和レッズを12大会ぶり7度目の天皇杯優勝に導きました。

そんな大注目の宇賀神選手にも色々と噂があり、気になる人もいるかと思います。

この記事は、宇賀神選手の帰化の噂や家族についての内容となっています。

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宇賀神友弥(うがじん ともや)プロフィール

愛称:ウガ

生年月日:1988年3月23日

年齢:30歳

出身地:埼玉県戸田市

血液型:A型

身長:172cm

体重:71kg

利き足:右

ポジション:DF

所属チーム:浦和レッズ

趣味:スタバ

特技:陶芸

プレースタイル:左右のサイドバック、サイドハーフそして浦和レッズでは右ストッパーの一角を担ったこともあるように、指揮官の様々な要求に応えるポリバレント性(複数のポジションをこなすことのできる選手)に優れた選手で、地味ながらもクレバーで効果的、ボールのオン・オフ問わず、味方を助ける献身的な動きにクロスボール、そして機を見てはペナルティエリアに侵入して正確なシュートを狙うようにそのプレーの幅は、このポジションにおいてJリーグ最高峰と言われています。

小学校

戸田市立戸田南小学校1年時に「戸田南FC」でサッカーを始めます。

練習日は土日、平日は自分達でサッカーをしていたといいます。

土日だけの練習でしたが、監督が厳しく、よく激がとんでいたそうで、その他にフィジカルコーチがおり、練習後に行われる40分走(ひたすら速いペース)で鍛えられたそうです。

宇賀神選手曰く「サッカーをやっているのに、長い距離を走るのが苦手でした。短距離も速くなくて、お世辞にもスポーツ万能とは=えなかったです。」ということでした。(笑)

戸田南FCでは小学校6年になると浦和レッズジュニアユースのセレクションを受けることが毎年恒例となっており、宇賀神選手も受験し見事合格。

約700人の中から20人が合格となり、宇賀神選手も20人の中の1人となりました。

それまでに選抜チームに選ばれた経験がなく、母親からは「宝くじにあたるようなもの」と言われていたそうで、受かった時の母親の興奮度が凄かったそうです。

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中学校

戸田市立戸田中学校進学。浦和レッズジュニアユース所属となります。

戸田市の中では、うまい方だなと思っていたそうでしたが、初めて練習をしたときには、自分以外の選手のうまさに、「ちょっと次元が違うな。大丈夫かな!?」と衝撃を受けたといいます。

ジュニアユースでは同じ学年で普段から仲の良かった堤俊輔選手(アビスパ福岡)がいました。

その堤選手は常に1つ上の世代のチームで試合をしており、身近な選手が上のカテゴリーでプレーする姿を見ているうちに、自然と自分も上でプレーしたいという気持ちが強くなっていったといいます。

ほぼ毎日のように最後までグラウンドに残って、照明が落ちるまで、帰る方面が一緒の選手やコーチたちと一緒にボール回しや練習をやっていた努力も実りユース昇格となりました。

また浦和レッズは勉強とサッカーの両立についても厳しく、学校の勉強をしつかりやらない選手、成績がよくない選手は練習に参加させてもらえないということで勉強も必死に頑張ったそうです。

高校

埼玉県立いずみ高校に進学。

ジュニアユースからユースと順調に進み当然トップチーム昇格も視野に入ってきましたが、高校3年生の時に浦和レッズユースのスタッフから「プロになることはできないからサッカーを続けるか、辞めるかを自分で決断しなさい。」と言われ挫折を味わいました。

トップチームに昇格できなければ就職をすると両親と約束もしていました。

しかし2005年9月の全日本ユースで3試合連続ゴールを決めて、浦和ユースのベスト16入りに貢献。

そこで「まだ、俺はできるはず」と、サッカーを続けようと決めます。

多くの同期生が進路を決めるなか、残すは2校しか残っていなかったうちのひとつ、流通経済大のセレクションを受けて合格。

両親に何度も懇願し入学の許可を得ます。

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大学

流通経済大学進学。

ところが流経大では200人を超す部員のひとりに過ぎず、雑用係をしばらく担当。

先輩たちが使う水や氷の準備やボール拾いはもちろん、「誰よりも上手く刈れた」と練習場の草刈りを究め、さらに「そのために1週間、茨城県の波崎に泊まり込んだ」という大会やイベントの副審要員にも駆り出されます。

エリートの1年生選手は、JFLを戦う2軍、さらに関東リーグを戦う1軍にも絡んでいましたが、宇賀神選手は4軍相当の1年生チームでの出場も限られていました。

宇賀神選手は

「大学2年までは本当に毎日のようにみんなに『明日辞めるから』といい続けていたので、チームメイトから『お前、何回やめてるんだよ』といわれるくらいでしたよ(笑)」

という当時の心境を語っていました。

2年時、3軍の関東社会人2部リーグに所属するクラブ・ドラゴンズに加入。

そこで川本大輔コーチの下、地獄の猛練習を積んで、自分の気持ちの弱い部分を鍛え直してもらい逞しさを増していきました。

宇賀神選手はチームの中盤の中心選手として活躍。

そして同リーグのベストイレブンに選ばれました。

3年の夏に一軍入りを果たし、人生初のサイドバックにも挑戦します。

中野雄二総監督からの「持ち味は前に仕掛ける姿勢。絶対に後ろに下げるな」というアドバイスを胸に、ボールを持てば、まず仕掛ける姿勢を貫き、ドリブルやキックに磨きをかけました。

プロを目指す宇賀神選手のもとには4年生になっても、Jクラブからは一向に声が掛からない中、浦和から練習参加の声が掛かります。

浦和レッズユース時代トップチームに昇格出来なかった思いや、流通経済大学でやってきた思いを、練習場である大原グラウンドでぶつけた結果、2009年シーズン途中に流通経済大学に在籍しながら、特別指定選手として浦和にトップチーム登録されました。

その後、アビスパ福岡からのオファーもありましたが、2009年10月21日、2010年シーズンより正式に浦和に加入する事が発表されました。

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プロ入り

2010年のルーキーイヤー、「実に賢いプレーをしている」とフォルカー・フィンケ監督に適応力の高さを買われ、開幕の鹿島戦で左SBの先発に抜擢されます。

2011年は背番号を3番に変更し、開幕当初は左サイドバックのレギュラーとして定着していましたが、不安定なプレーに終始しJ1第15節、対広島戦から平川忠亮選手にポジションを奪われてしまい、その後も故障や体調不良に悩まされ、前年から大きく出場機会を減らすこととなります。

2012年にペトロヴィッチ監督(現コンサドーレ札幌監督)が就任したあと、最初の10試合は一度も出場機会すら得られませんでしたが、ナビスコカップ・グループリーグの川崎戦で再びチャンスを活かしてゴールを決め、そこからスタメンの座を掴みました。

2013年からこれまで、不動の左ウイングバックとして活躍。

チーム状況に応じて、右ウイングバック、両ストッパーをこなし、ペトロヴィッチ監督の戦術を理解し、浦和のバランスを整えつつ、ダイナミックなサイドアタックやカットインからゴールも決めるユーティリティに優れた選手に変貌します。

2017年5月25日、日本代表に初選出。

90分間走り切れる爆発的な運動量と両足を自在に使い分けられるテクニックやキックを活かし、周りにいる選手のストロングポイントを引き出して黒子になれるという武器で世界に挑みました。

しかしロシアワールドカップの地に立つことは出来ませんでしたが、AFCチャンピオンズリーグ2017では、10年ぶりとなる浦和レッズの優勝に大きく貢献。

Jリーグ2018シーズンは29試合に出場し、2得点をあげています。

ちなみに宇賀神選手の座右の銘は捲土重来ということです。

「大学のときはサッカーノートに捲土重来という言葉を書いていました。高校ではプロになれなかったけど、もう一度、大学でしっかり鍛え直してやるぞ、と。常にそういう気持ちを持って、今も、そしてこれからも続けていければいいと考えています。どんな悪いときがあっても、それを帳消しにできるような活躍ができるように。それを糧にして活躍していきたいと思います」

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宇賀神友弥は帰化してる?

名字は珍しいので、帰化している?などネット上で目につきますが、れっきとした日本人ということでした。

ちなみに宇賀神という名字は中臣鎌足が天智天皇より賜ったことに始まる氏(藤原氏)秀郷流の佐野氏支流。

栃木県、東京都、神奈川県等に多いです。

「うがじん、うががみ、うがかみ、うかがみ、うかしん、うがしん、うがみ」とも呼ばれています。

全国におよそ6,200人いると言われていました。

嫁や子供は?

一般の方なので詳しい事はわかりませんが、小柄な、かわいらしい女性ということです。

2013年12月13日にさいたま市在住の一般女性と結婚したことを発表しました。

「これから2人で明るく楽しい家庭を築いていきたいと思います。一層努力しチームに貢献できるよう頑張ります」

クラブ広報を通じてコメントしていました。

ちなみに好きな女性芸能人は有村架純さんということなので、奥さんは有村架純さんに似ているのかもしれないですね。^^

2017年3月27日に第1子となる長女が誕生したことを明かしました。

「名前は決まってないです。まだ父親の実感はないです。見ているだけですけど、かわいいっすね」。

とデレデレ状態でした。(笑)

兄弟の調査

年齢など一般の方なので詳しい情報はわかりませんでしたが、3人兄弟の宇賀神選手は真ん中(次男)ということです。

サッカーをはじめたキッカケは、お兄さんが戸田南FC所属で練習について行くうちに、いつの間にか「自分も(サッカーを)やるものなんだろうな」と認識したのが理由ということでした。

3人とも同じ戸田南FCでサッカーをやっていたそうです。

私なりのまとめ!

天皇杯優勝で、来年のAFCチャンピオンズリーグ(ACL)出場権を獲得。

今シーズン限りで引退したクラブのレジェンド、平川忠亮選手の後継者として、浦和レッズを再び優勝に導けるのか、宇賀神選手の活躍を期待しています!

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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