小田和正は結婚して子供はいる?新井恵子と離婚の噂も

こんにちは、日本の音楽シーンを牽引し、幅広い年代から絶大な人気を誇っています小田和正さん。

そんな小田さんですが、未だにプライベートについては謎めいた部分があり、気になる人もいるかと思います。

この記事は、小田さんの嫁さんや子供についての内容となっています。

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小田和正 結婚式は嫌!子供について衝撃発言とは

オフコースとして人気が絶頂に差し掛かった19枚目シングル「Yes-No」(1980年)リリースの頃に新井(旧姓)恵子さんと結婚されています。

結婚したばかりの頃、週刊誌で隠し撮りされ(現在写真は確認できません)ごく普通の地味な雰囲気の一般の人ということです。

馴れ初めについては、オフコースファンクラブの会報を製作していた事務所の方の友達で、恵子さんが事務所に度々お手伝いに来ていたそうです。

オフコースは個人事務所を立ち上げて活動していた為、メンバーも事務所によく出入りしており、そこで小田さんと知り合ったということでした。

ちなみに、オフコースの21枚目のシングル「I LOVE YOU」(1981年発売)は、奥様への曲として有名でした。

結婚について以前小田さんは・・・

「結婚という通常の形式をとれば、相手の親兄弟、親戚が自分の親戚になるわけじゃない。でも、他人としか思えないわけよ。友人よりもね。だけど結婚する以上そんなこといってられないし、それともうひとつ僕としてはこれ以上誰とも関わりたくないって気分があるわけ。だから結婚式とか、その場だけの形みたいなものをやるのもイヤなわけ。その辺で結婚ということ自体に自分の心の中で勢いがつかないんだよ。」

という結婚前ですかね?応えていました。

気になる子供はいないということです。

子供が出来なかったとも言われていますが、小田さんはインタビューで「街で大きな声を出してはしゃぐ子供が嫌いで、でももし自分に子供ができたらそういう子供にしないように育てる自信がないから、 だから子供はいらないんです」という衝撃的な発言をされていました。

しかし毎年、父の日にフジテレビの軽部真一アナウンサーは、小田さんにお花を送っているそうです。

この事に小田さんは「僕には子供がいないから、父の日ってこんな感じなのかなぁ〜」と嬉しそうに話していました。

ちなみに小田さんはじめ、日本の音楽シーンを牽引してきた

松任谷由実さん

玉置浩二さん

等にも子供がいないので、多くの人が「なぜ?」と疑問に思っているようでした。

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新井恵子と離婚はガセ!噂の原因は兄と”さよなら”?

「小田和正さんは離婚したのですか」という噂がありますが、ガセでした。

その噂の原因となった1つが、小田さんの実家は横浜市金沢区にある「小田薬局」です。
そこの薬局を継いでいるのがお兄さんということです。

何やら噂によると、伝統的に医師しかならない三師会の会長に無理矢理なったり、離婚と結婚を繰り返したりしているらしく、非常に評判が悪いそうです。

ですから小田さんにも影響が少なからずあるのかもしれないですね。

もう一つ原因が、オフコースの名曲「さよなら」(1979年リリース)です。

2014年、NHKで離婚式の特集がありました。

40代の夫婦を密着で、友人を集め葬式並に暗いですが前向きな式の模様が流れました。

結婚から離婚までのスライドショーがあり、BGMがその「さよなら」でした。

この放送は大きな反響があったということで、離婚=「さよなら」ということが定着してしまった感があり、これも噂の原因と考えられます。

好きなタイプは年上の女性で夏目雅子も好き!

ずっとお姉さんが欲しいと思っていた小田さん。

そのため若い頃は、年上の女性に憧れることが多かったそうです。

カトリーヌ・ドヌーヴさん

画像です。

スザンヌ・プレシェットさん

画像です。

等に憧れを持っていたそうです。

日本の女優さんだと、夏目雅子さんや斉藤慶子さんが好きということでした。

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小田 和正(おだ かずまさ)さんのプロフィール

生年月日:1947年9月20日

年齢:71歳

出身地:神奈川県横浜市

血液型:A型

身長:172㎝

学歴:東北大学工学部→早稲田大学理工学部建築科修士課程

職業:シンガー、シンガーソングライター、音楽プロデューサー

事務所:株式会社ファー・イースト・クラブ

趣味:映画観賞、ゴルフ

特技:絵画

1966年に鈴木康博さんとオフコースを結成し、1970年にシングル「群衆の中で」でデビュー。

「愛を止めないで」「さよなら」「Yes-No」などオフコースのボーカル&ソングライターとして、鈴木康博さんと共に数多くのヒット曲を輩出し、日本武道館10日間公演を成功させるなど、ニューミュージックシーンを牽引します。

しかし名曲を数多く放ちながらも、1989年2月に惜しまれつつ解散。

同年、シングル「Little Tokyo」で本格的にソロデビューを果たしました。

1991年に「ラブ・ストーリーは突然に」が大ヒット。

以降も「キラキラ」などヒット曲を連発させ、日本のニューミュージックを代表するシンガーソングライターとして不動の地位を築きます。

さらに、数々の記録を更新したアルバム「自己ベスト」や記録的な動員を誇るツアーなど、日本の音楽シーンに大きな功績をもたらしています。

また、映画・映像監督としても活躍しています。

私なりのまとめ

10月31日には、全国ツアーの締めくくりとして、横浜アリーナに1万2000人のファンを集めるなど、30年近くにわたりコンサート活動を続け未だに動員が衰えない小田和正さん。

これからも動向から目が離せないですね。

今後ますますの活躍を期待しています!

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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