【MALICE MIZER】GACKTはなぜ失踪したのか?脱退理由も調査

こんにちは、ミュージシャンという枠に囚われず、役者としても絶大な人気を誇っていますGACKTさん。

そんなGACKTさんですが、今でもMALICE MIZER時代の汚点について、気になる人もいるかと思います。

この記事は、MALICE MIZER時代の失踪や脱退理由についての内容となっています。

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【MALICE MIZER】GACKTはなぜ失踪したのか?黒幕による指図との噂も

1995年10月10日、MALICE MIZERの2代目ヴォーカルとして加入。

ライブチケットは即ソールドアウトになるなど瞬く間にインディーズ界を席巻しました。

1997年、日本コロムビアと契約しメジャーデビューを果たし、これから絶頂期を迎えようとした時、1998年7月28日の横浜アリーナ公演を最後にGacktさんが失踪。

Gacktさんの失踪について当時、週刊誌などではメンバーや所属芸能事務所社長との確執が伝えられ、ワイドショーやメディアでは「雲隠れ」と報道されました。

理由は現在も不明ですが、おそらく元々ソロ志向の考えを持っていたと思います。

MALICE MIZERに加入するにつれて、その考えがさらに強くなったと同時に、バンド内でのイニシアチブ(発言権)を取りたかったのではないでしょうか。

  • 第2期MALICE MIZERがメジャーデビュー出来た。
  • 1st「ヴェル・エール 〜空白の瞬間の中で〜」20位 41,090売上枚数
  • 2nd「au revoir」10位 112,560売上枚数
  • 3rd「月下の夜想曲」11位 168,090売上枚数
  • 4th「ILLUMINATI」7位 117,410売上枚数
  • 発表された曲のいずれもオリコンランキングチャートの上位にランクインし自身のカリスマ性を確信出来た。

など実績を残していきますが、ビジュアル系の世界は意外に縦社会で、バンドのイニシアチブはMana様が握っており、GACKTさんとしては歯がゆい思いをしていたのかもしれないですね。

「SHOXX Vol.072 1999年2月号(多分98年12月末発売)」では

「マリスがマリスである為にと我慢していたことがいっぱいあってメンバーがいなければやっていけないって思うくらい疑問が多かった。
でもメンバー間でも意見が食い違って亀裂が入った。
立て直す為に徹底的に話をしたけど、僕の目を見ることが出来ないって向き合うことを拒絶されて僕はもうどうしようもないじゃない。」

とインタビューに応えており、相当な葛藤があったように思います。

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そして決定打となったのが今での曲作りに関しては、GACKTさんが作詞・Mana様かKoziさんが作曲でしたが、5thシングル「Le ciel 〜空白の彼方へ〜」では作詞作曲をGACKTさんが担当。

ランキング4位で117,240売上枚数の記録しました。

売上枚数的には前作より数百枚下ですが、MALICE MIZER史上最高の初動売り上げと自身最高順位を更新。

これでGACKTさんは出来ると確信したのでしょう。

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しかし・・・GACKTさんの著書「自白」では

  • 一人で作詞作曲したLE CIELという曲を出したら一気に注目度があがった。それにより他のメンバーとの亀裂が生じた。LE CIELはやらないほうが良かったかもしれない
  • バンドに大金が入ってきた事によりメンバーの金銭感覚が鈍り始め、それをGACKTさんは何度も実体験を交えながらメンバーに指摘し、亀裂が生じた‥
  • 積極的に意見をするGACKTさんをメンバーが鬱陶しく思い始めた
  • 「どうせCD出せば売れる」というメンバー発言

などの内容が書かれています。

また「SHOXX Vol.072 1999年2月号(多分98年12月末発売)」では

ツアーファイナルの横浜アリーナが終わってひと段落ついて、疲れていたメンバーは休みたがっていたけど僕は動き続けたかった。
人間の生活とは言えないようなサイクルで動いてた時期もあったし、過密スケジュールで疲れるのは仕方ない。
だから休みたい人は休めばいいし、動きたい人は動けばいいと思ったけど、それを理解されなくてソロ活動がしたいと誤解された。

またファンの間でも・・・

  • 「今のガク見ててもそうだけど、かなり上昇志向強いから「もっともっと」でマリスメンバーがついていけなくなった可能性高い。事実、Kamiくんのドラムに高いレベルを要求しすぎてKamiくんが半ばノイローゼに追い込まれたなんて話も聞いた。」
  • 「オリコン高順位って事実を得て、もっと上に行けるってなったのかな」

なんて事も言われており、ソロ活動の思いがさらに強くなっていったのは確かだと思います。

それで強行突破(失踪)を図ろうとしたのですが、ビジュアル系の世界は厳しく事務所の了解なしに独立するのは一番のタブーとされており、それが発覚すると、二度と出演できないよう全国のライブハウスに 『ガクトを出入禁止にしてください』と回状が出されるということでした。

そこで相談したのが、元X JAPANのマネジメントをしていた武敦史氏です。

武敦史氏は、TOSHIさんの個人事務所や『X JAPAN』の事務所社長(93年に取締役就任し94年解任されています)を務めていたいわばTOSHIさんの「右腕的」存在でした。(後にTOSHIさん側と係争しました。)

その武敦史氏は闇社会とも繋がりが深く、写真誌『フライデー』にGACKTさんが失踪したという記事を書かせ、その間にロサンゼルスでレコーディングさせ、 戻ってきたところで派手にデビューさせたと言われてます。

ですから失踪に関しては武敦史氏が大きく関わっている可能性が高いですね。

ただこの失踪によってMALICE MIZERのレコーディングはじめ、様々な活動を妨げた事は事実なので、一番大切なファンを無視した行動に非難されても仕方がないですね。

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脱退理由はManaの恋人(女社長)との確執!?

失踪し、MALICE MIZERが踏み台にされた形となったので、当然バンドとしたら実質クビですね。

1999年1月FC会員に向けてバンドの声明文を発表。

Mana様は「彼の発する言葉に、もはや真実など見えなかった。この関係の中で、作品を作りつづけることは、難しいと判断しました。愛しい君たちには、申し訳ない。」

特に、GACKTさんの親友と言われたKamiさんは「自分の為だったら何をしてもいいのか、何を言ってもいいのか。自分のことすら解ってない様な人と今まで一緒に手を組んで頑張ってきた自分が憎い。」

という痛烈批判が印象的でした。

さらにVicious 1999年3月号(3月1日発売)では

Mana様

昨年11月頃からミーティングに来なくなって、仕事があるにもかかわらず行方不明になって、連絡先もわからない状態だったんですよ。

それでも僕たちは彼を待ち続けました。

だから、僕らが追い出したみたいに受け取らないで欲しいんですよ。

しかし彼は裏切るような形で…とても悲しくて悔しかった。

某誌で彼は「休まずに突っ走りたい」と言ってたけどその言葉を聞いたことはないし、僕らは「休みたい」とは言ってない。

考える時間が必要なので充電期間を設けてコンセプトを固めようという意見についてのやりとりを何度もしました。

その中で明らかに人としての在り方が食い違っていきました。彼と4人の間で。

デビューしてから急角度を描くようにGacktは変わっていきましたね、良くも悪くも。
彼の持つアーティスト性は大いに認めます。

ステージにおいては複雑な私情を持ち込んだことは一切ないですよ。

でも、限界が来たなと。新しい事を創造するには、より信頼関係が必要だと思うんです。
今後、一緒にやることはないと思います。

彼についていくというファンの気持ちに対して何も言うつもりはありません。

Koziさん

ぶつかりは他のメンバー同士でもあるし、本当に根本的な人として的なところです。

ぶつかることは今まで何度もあったんだけど、『merveilles』以降のコンセプトを作る段階にきていろいろあって。

Yu~kiさん

何でも話し合いをしよう、ぶつかりあって隠し事はしないっていう流れできてたけど、いつの間にか、音楽うんぬんの前に話せなくなってしまった。

別に誰かがというわけでもなく。

僕らの事務所は昨日今日組んだものじゃないし、1番分かってくれてるんですよ。

事務所ともレコード会社とも対立することなくやってこれた。

だから彼が某誌で言ってた「事務所との対立」みたいな言葉は、どうしたら生まれてくるのか不思議でしょうがないんですね。

音楽以前の絆が必要なんですよ。

ライヴ中にアイコンタクトでわかりあえるような絆がないといいものは作れない。

今まで誤魔化しながらやってたんです。

もう誤魔化したくないとミーティングを重ねたわけですが

修復出来ない溝が出来てしまったということ。

根本的には彼と僕らの関係であって、事務所と僕ら対彼じゃないんです。

Kamiさん

何度も何度もミーティングし、こちらから歩み寄っていったんだけど、彼は離れていく一方だった。

信頼というものが少しずつ薄れていった。

彼は「MALICE MIZERを愛してる」って言ってますが、それならどうして今回のような行動をとったのか信じられません。

とGACKTさんをここでも痛烈批判しています。

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一方GACKTさんはメンバーに対して批判など何も言っていませんが、以前から事務所の女社長とは折り合いが悪いことを言われていました。

また社長は、Mana様の恋人でしたので職場環境上、方向性・価値観の相違がありGACKTさんの意見にMana様が反対すれば、他のメンバーもMana様の意見に追従せざる得ないことも想像は出来ますね。

2017年4月、GACKTさんのブログには「色んなことが脳裏に蘇る。MALICE MIZERのメンバーそしてあの当時の女社長に突然なんの相談も前触れもなく『MALICE MIZERは解散する』と告げられたあの日のことも。あのミーティングで最後は喧嘩のような状況になったことも」と、MALICE MIZERからの脱退が不本意だったと思われるような記述をしています。

メンバーの固有名詞は使っていませんが、女社長ということは言及しているので、女社長との確執があったことはまちがいないですね。

MALICE MIZERはGACKTさん脱退後、翌年1999年の6月21日にはKamiさんがくも膜下出血で急逝。

2000年7月にKlahaが正式に3代目ヴォーカリストとして加入しますが、2001年いっぱいをもちMALICE MIZER活動停止となりました。

MALICE MIZERがGACKTさんによって大きく振り回された形になり、良い印象は持っていないファンは少なからずいると思います。

2017年のブログに対しても

  • 「何を今さら……」
  • 「マリスに触れるなよ」
  • 「勝手に抜けたくせに今さらMALICE MIZER語るな!」

と一部のファンはむしろ怒ったといいます。

一方でGACKTさんファンは・・・

「メンバーは、FCや雑誌インタビューでGACKTに対して、ひどく厳しい事を言っていました‥。GACKTもインタビューで述べていましたが、メンバーを非難する事は一切しませんでした。(私の記憶する限り、これまで1度もしていません)
事実がどうということよりもファンの事を本当に想ってくれているのは、GACKTサンだと感じました。
裁判にもなり、GACKTは確か全ての著作権を放棄しました。
(その後も、GACKTのマリス在籍時の映像が収録されているDVDが新たに発売されています)
ツアーを控えてる時期に事務所に訴えられ、ツアー禁止仮処分申請が出されました。
待っているファンの子達の為に“ツアーをやらせて下さい”と裁判官に頼み、実現したのが「MARS」でしたね‥。
1番親交の深かったKamiの死を悼んで制作された曲がソロ1stアルバムに収録されている「U+K」です(神村右狂のイニシャル)
この曲は、10年経った現在もツアーで毎回歌われ定番曲となっています。
GACKTは今でも毎年Kamiのお墓参りにも行っています。」

という擁護の声もあります。

結局のところ、双方の意見が真っ向から対立しているので、どっちの真相が正しいのかわかりませんね!

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GACKT 脱退後もカネにまつわるきな臭い噂が・・・

脱退後GACKTさんは、『Gackt Job』を武敦史氏、前事務所代表長谷川裕氏、 PRIDE1プロモーター岩本龍貴氏と立ち上げ、ソロ活動を始め、2000年2月に個人事務所、同時にファンクラブ「Dears」を設立しました。

しかし、ソロデビューしてから約二年後。独立の際に世話になった武敦史氏と操め、追い込みをかけられるようになったといいます。

「原因はたぶん力ネ絡みだと思うんですが、このときガクトは母方の実家を頼って沖縄に逃げたんです。 バックバンド数人を連れて、当時離婚して実家に戻っていた叔母さんに世話になり、 近くに一軒家を借りて目立たないように三カ月ぐらい隠遁生活をしてたんです。 その後、東京に戻って来れたのは新しいケツ持ちを見つけたから。 格闘技の『PRIDE』の事実上のオーナーだった、G-PROMOTION社長の岩本龍貴(季)氏に世話になった。『戸籍を変えたのはこのころでしょうね。 トラブルを起こしては逃げ、新しいケツ持ちを見つけては戻って来る……の繰り返しですよ』(高校時代からの知人)」

という仰天告白ニュースもありました。

また2014年4月には、前所属事務所「GORDIE ENTERTAINMET」社長=長谷川裕被告、前ファンクラブ「DEARS」運営会社社長=玉置公祐被告らが、架空外注費を水増しし、所得3億円以上を隠したとして法人税法違反の罪に問われた3人の被告に対する初公判が26日、東京地裁で行われ、3人は罪状認否で「相違ございません」と全面的に罪を認めたというきな臭いニュースがありました。

GACKTさんは4月26日のブログで「ボクはソロデビューして以降、事務所を任せている社長という立場の連中に ホントに苦労をしてる。みんな出逢った頃はエネルギーに溢れた、素敵なヤツもいた。だが、金回りが良くなると途端に急変してワケのわからない金の使い方や豪遊をし始めたり、まるで金が湯水のように溢れてくると勘違いするヤツも少なくなかった」と、具体的な名前は列挙してはいないが、芸能界の「カネ」について述べており、金にまつわるトラブル続きということですね。

・・・ということはMALICE MIZER時代に「取り分が少ない」と独立志向になっていったとも言われているので、その事も失踪&脱退(クビ)に繋がってくるのかも・・・・ですね????

私なりのまとめ

MALICE MIZERファンにとっては”何をいまさら”感が半端ないと思いますが、1部のファンには公の場で、Mana様とGACKTさんの交流があるのか注目していると思います。

これからもGACKTさんの動向から目が離せないですね。

最後まで読んでいただきありがとうございました。
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