YOSHIKI 伝説の問題行動まとめ!カレー事件や飲み屋破壊事件、布袋寅泰事件など

こんにちは、エリザベス女王にスカーフが巻き付いた事で大きな話題になるなど、今やアーティストの枠を超え世界のセレブ化していますYOSHIKIさん。

そんなYOSHIKIさんですが、数々の破天荒(問題行動)伝説も存在しています。

この記事は、YOSHIKIさんの伝説の問題行動をまとめた内容となっています。

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YOSHIKI 伝説の問題行動まとめ1|カレー事件

こちらは超有名な伝説です。

1991年(YOSHIKIさんが25歳の頃)初の東京ドーム公演の前日、リハーサルのときに好きなカレー屋さんのカレーを用意しておいてくれと、YOSHIKIさんは頼んでいたそうです。

そしてリハーサル当日、大好きだったカレー店のものと見た目が一緒のカレーが用意されており、いつものだと思って勢いよく食べたら…すごく辛くて全身血の気が引き、そのまま頭にきてテーブルひっくり返して帰ったという伝説がありました。

2018年1月放送の『HEY! HEY! HEY!』(フジテレビ)に出演した際、当時を振り返り、テーブルをひっくり返したことについて「帰るにしても、黙って帰ったら変だと思われるじゃないですか」と明かしていました。

またメンバーの反応を聞かれると、「メンバーの真ん中を突っ切って帰ったんですけど、みんなまさか帰ると思ってなかったみたい」と答え、「HIDEからそのあと『どうした?』と連絡があり、『カレーが辛かった』って返したら『しょうがないね』って」とHIDEさんとのをやりとりも告白。

松本人志さんから「甘い」「優しい」とツッコまれていました。

証人として、ToshIさんにも味見をさせたところ辛すぎて汗がダーッと出てきたとの事。

また、自身の健康を考えて野菜カレーを注文したつもりが実際にはポークカレーが運ばれてきたのも帰るのを後押しした理由らしいです。

ちなみにYOSHIKIさんが好きなカレーは、六本木にあるインド料理屋モティのナブラタンカレーということです。

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YOSHIKI 伝説の問題行動まとめ2|シャワー事件

こちらもカレー事件同様、有名です。

写真家の篠山紀信さんから撮影の依頼があり、現場に向かったYOSHIKIさん。

撮影前に浴びたシャワーが故障して熱湯しか出ず、熱湯を直に浴びてしまい、軽い火傷を負った事にキレて帰ってしまったということです。

2018年1月放送の『HEY! HEY! HEY!』(フジテレビ)に出演した際、「何をどうしたって熱いんですよ」と言い、半分火傷した状態になったと説明。

「それで帰っちゃいました」とYOSHIKIさんが言うとダウンタウンの2人は大笑いし、松本人志さんが「あなたのことが好きになりました」と絶賛していました。

ちなみにシャワーと言ったらホテルを連想すると思います。

X JAPANは日本ホテル協会のブラックリストに掲載されたことがありました。

ツアー中に利用したホテルで「部屋が狭い!」と怒り出し、故・TAIJIさん(45没)と2人でテレビ等、部屋の備品を窓から投げ捨てたことが原因ということです。

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YOSHIKI 伝説の問題行動まとめ3|飲み屋破壊事件

インディーズ時代から酒癖の悪さは有名で、酒に酔うと暴れながらまわりの物を壊す癖があったYOSHIKIさん。

  • 飲み屋で装飾品などを手当り次第に投げつけたり。
  • グラスを何百個割ったり。
  • 樽の漬け物に小便をかけて全部だめにしたり。

等、店を一軒潰すほど暴れる事もあったということです。

そのため、よく行く歓楽街には「YOSHIKIお断り」の札が貼られるようになったり、長髪のロッカーが居酒屋に入ろうとしただけで、「このなかにYOSHIKIという人はいないでしょうね?」と入店チェックされるまでになったということでした。

また居酒屋でプロのその筋の人に向かって「気合い入れて生きろ!」などとさんざん説教したあげく、本人は爆睡。

目が覚めたら全員帰っていたなんてことも・・・。

ちなみにメジャーデビュー後、ロサンゼルスでYOSHIKIさんの半生を表現した1曲が30分の大作『ART OF LIFE』を完成させました。

この時使用していたスタジオ「ワン・オン・ワン」は、メタリカ、ボン・ジョヴィ、マドンナ、ガンズ・アンド・ローゼズなど世界的な有名アーティストらも使用していた有名スタジオです。

『ART OF LIFE』を1年かけて完成させたYOSHIKIさんは、スタジオでの打ち上げで飲みはじめると「俺は頑張ったんだ!チクショウ!」と感極まり、まわりの物を投げたりテーブルや椅子をひっくり返し、シャンパンをぶちまけ、名門スタジオをボロボロにしてしまい、壁の防音のための高級な木材などもすっかり使い物にならなくなり、スタジオは改修せざるを得なくなったというワールドワイドなエピソードもありました。

現在は無用なトラブルを避けるため酒を控えているということです。

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YOSHIKI 伝説の問題行動まとめ4|布袋寅泰事件

1994年6月、奈良の東大寺にて『The Great Music Experience』というイベントが開催されました。

これは、日本と世界のミュージシャンが共演し、21世紀への音楽遺産を残していこうという趣旨のもと開催されたコンサートで、出演アーティストは、ボブ・ディラン、ジョン・ボン・ジョヴィ、ジョニ・ミッチェル、クイーンのドラマーとして活躍したロジャー・テイラーなど、世界的にも名の通った顔ぶれが勢揃い。

その中に日本代表としてエントリーされたのが布袋寅泰さんと、YOSHIKIさん率いるX Japanでした。

リハーサルで、大御所たちが定刻通りにやってきて最終確認を行う中、YOSHIKIさんはトリとして登場する予定でしたが遅刻。

当時28歳のYOSHIKIさんに対し、布袋さんは32歳。

デビューしたのも売れたのも布袋さんの方が先。

出演メンバーでは最も若い部類に入るYOSHIKIさんが「ちーす」みたいな感じでやってきて謝罪もしなかったことに、布袋さんのボルテージは急上昇。

コンサート終了後の打ち上げの際、挨拶に来たYOSHIKIさんに対し、「Xって何なんだよ!?」と凄んで見せました。

因縁を付けられるや否や闘争本能に火が付いたYOSHIKIさんは、布袋さんに殴り掛かったということです。

慌てて仲裁に入ったスタッフによって、何とかその場は事なきを得たものの、泊まったホテルでも怒りの治まらないYOSHIKIさんはホテルの廊下で「なにが布袋だ!」と暴れ、そのあと酔った勢いで布袋さんが宿泊するホテルの前に直行。

「布袋出てこーい!」と叫び、布袋さんの部屋のドアを叩きまくったということです。

その後、布袋さんのファンだったHIDEさんが謝罪して和解。

1999年に発売されたHIDEさんの追悼トリビュートアルバムには、布袋さんも一曲参加しています。

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YOSHIKI 伝説の問題行動まとめ5|和田アキ子邸事件

YOSHIKIさんは1994年に紅白に出場し、放送の後、和田アキ子さんの家で行われた打ち上げに招待されたときです。

和田さんに「お前は先輩の前でもサングラスをかけたまま、新年の挨拶をするんかい?」とサングラスをはずされました。

YOSHIKIさんは無視してかけ直す。

これを両者無言で三回繰り返し不穏な空気に・・・

さらにYOSHIKIさんが、ドンペリしか飲まないのを知っていた和田さんは、「オノレは酒はドンぺりしか飲まんそうやなぁ。ウチで出すこれも飲めんのかい!」と、大五郎を目の前に置きました。

当然の如く、見向きもせずシャンペングラスを傾けるYOSHIKIさん。

そんなYOSHIKIさんに和田さんは、「お前、いろんなとこで、暴れまわっとるそうやけど、これがひっくり返せるか?」目の前の大理石のテーブルを指し示しました。

いつもの習慣で反射的に、テーブルをひっくり返そうとするYOSHIKIさん。
しかし、今回は300kgの大理石のテーブルで、まったくピクリともせず。

ここで、恥をかかされたYOSHIKIがサングラスをはずして立ち上がり睨み合う両雄。
まさに一触即発の二人。

そこで和田さんは「わしとやるんかい。やるのもええが、その前にこの二人を倒してから来んかい」と、隣の和室を開け、そこに控えていたのは角界の暴れん坊、旭豊と貴闘力でした。

さすがのYOSHIKIさんもここに勝ち目の無さを悟り、腰を下ろして大五郎の枡をあおったというデンジャラスエピソードがありました。

ちなみにこのときYOSHIKIさんは、300kgの大理石のテーブルのせいで肩を脱臼していました。

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YOSHIKI 伝説の問題行動まとめ6|タクシー事件

1989年、仕事で金沢に行ったときのこと。

翌日にテレビ収録を控えていましたが、メンバーやスタッフと朝まで酒を飲んでいたということです。

酒を飲むと怒りがこみあげる性格だったそうで、突然怒り出したYOSHIKIさんは「東京に帰る」と言い出したとのこと。

翌日のテレビ出演の予定も無視してそのままタクシーに飛び乗り、陸路で東京へ。

それをマネージャーもタクシーで追いかけ、金沢から東京まで12時間かかったということです。

そして合計のタクシー代が60万円ということに驚愕です・・・。

ちなみに翌日の金沢で予定されていたテレビ出演は、YOSHIKIさんを除いたメンバー4人だけの出演となっていました。

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YOSHIKI 伝説の問題行動まとめ7|インディーズ時代

ライブ中に暴れてドラム・セットを叩き壊すなど、インディーズ時代から過激な問題行動の多いバンドとして知られていました。

例えばライブハウスでは火気の使用や客席へのダイビングなどが危険な行為として禁止されている事が多く、たいていのバンドはそれを守ります。

しかしYOSHIKIさんはライブハウスで禁じられているにも関わらずステージで口から火を吹くばかりか、逆さにしたシンバルにガソリンを注いで火をつけながらドラムを叩き、ライブハウスじゅうが煙だらけになって客がみんな逃げ出した事もありました。

また、他のバンドと喧嘩になることもしばしばあり、特によく喧嘩したのはYOSHIKIさん、TAIJIさん、HIDEさんでした。

それでもHIDEさんが暴れたときはTAIJIさんが止め、逆にTAIJIさんが暴れたときはHIDEさんが止めるといった具合に、互いになだめながら騒ぎをおさめる事も多かったそうです。

しかしYOSHIKIさんがキレた時だけは、TAIJIさんとHIDEさんの二人がかりでもなかなか止める事が出来なかったといいます。

後に「YOSHIKIが本当に怒るとブルドーザーでも持ってきて店ごと潰しかねなかった」とTAIJIさんが述べていました。

ちなみにXは、インディーズ時代からそこそこの人気があって稼ぎもあり、その気になればいいホテルに寝泊まりする事も出来ましたが、ほとんどの資金が壊したものの弁償代に消えていったため、公園などで野宿する事もよくあったということです。

TAIJIさんは、壊した物の弁償代のため家の家具まで売らねばならなかったとも明かしていました。

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YOSHIKI 伝説の問題行動まとめ8|高校時代

よく先生と取っ組み合いの喧嘩をしたり、停学処分になったり、警察に捕まったり等、YOSHIKIさんは開校以来2番目の不良と言われていたということです。

  • 入学式初日から眉毛を剃り、髪の毛を赤く染め、派手な裏地の制服で登校し、全校生徒の前で先生から殴り倒される。
  • 入学後まもなく「文句がある奴は出てこい!」「いつでも相手になってやる」と全教室を回り、挑発行為を繰り返す。
  • 溜まり場になっていたYOSHIKIさんの家には、毎日友人が50人以上出入りし、母親は床が抜けないか本気で心配だった。
  • そして卒業式には木刀を持って職員室に殴り込み、当時まだ新しかった学校の校舎や公共物を壊しまくる。

なんとも破天荒過ぎます・・・m(_ _)m

私なりのまとめ

数々の破天荒(問題行動)伝説がありますが

  • インディーズ時代に自力でレーベルを立ち上げ、無名だったGLAYやLUNA SEA、ZI:KILLなど様々なバンドを発掘。
  • メジャーデビュー後はスタジオ経営で巨額の富を築き。
  • 天皇陛下の即位十年を祝う祭典でピアノ協奏曲『Anniversary』を作曲・演奏。
  • 時の総理大臣・小泉純一郎氏がX JAPANの大ファンである事を公言。

など、これらのとんでもない伝説もあり、YOSHIKIさんの偉大さがあらためてわかりますね。

今後ますますの活躍を期待しています!

最後まで読んでいただきありがとうございました。
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