中田英寿 現在の彼女は誰?中村俊輔と確執はあったのか

こんにちは、熱戦が続くワールドカップ。

日本代表も南米の雄コロンビに劇的勝利し、一気に盛り上がりを見せています。

そんな中、衛星放送「FOXスポーツ」アジア版は、「アジアのワールドカップの象徴」「先駆者」として元日本代表MF中田英寿さんを特集していました。

ただ現在の中田英寿さんはサッカーから距離を置いているため、中々近況がわかりませんね。

この記事は、中田英寿さんの現在の情報や中村俊輔選手との関係についての内容となっています。

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現在の彼女は誰?

数々の有名人と熱愛報道があった中田英寿さん。

現在は結婚されてもおかしくないと思いますが、現在も独身。

彼女はといいますと・・・現在の彼女の情報がありませんでした。 m(_ _)m

ひょっとしたら有名人ではなく一般女性の可能性もありますね。

過去の熱愛報道では

  • 宮沢りえさん
  • 山口もえさん
  • 米倉涼子さん
  • 伊藤裕子さん
  • 滝川クリステルさん
  • 中山美穂さん
  • ミラ・ジョボビッチさん
  • 柴咲コウさん

とそうそうたる有名人でした。

ちなみに2014年に週刊女性が中田さんの実父への直撃インタビューし熱愛報道について応えていました。

これまでヒデさんに彼女を紹介されたことは一度もなく、家族の誰もヒデの異性関係は知らないらしい。

もちろん柴咲とのことも、「週女」記者が持参した「スポニチ」を見て初めて知った。

ということで、お父さんによるとヒデさんの結婚相手は「人柄や性格がよければ誰でもいい」と理解を示していました。

しか~し・・・

「“芸能人”はやめたほうがいいんじゃないいかな。みんな変な自意識が強くてプライドが高くて、バランスが欠けているでしょ!?」

「結婚しても芸能人を“務めて”いる家庭は長くはもたないでしょ。5年以内にだいたい別れていくわな」

と芸能人はNGだと、持論を述べていました。

さらに父親はヒデさんが「結婚するの難しいよ」とある秘密も語っています。

それがヒデさんの異常な潔癖症ということですね。

  • 小さい頃からユニフォームをきちんとたたみ、部屋ではチリが落ちていないか指でチェック。
  • そして相手にもそれを求めるから、少しでもズボラでいい加減な性格だとダメらしい。

ということでした~(苦笑)

現在もそうなんですかね・・・!?

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現在の仕事

引退してから、サッカーに代わって情熱を注ぎ込めるものを探して世界各地を放浪し、2009年からは日本国内の食文化や工芸など伝統文化の担い手を訪ね歩いて、ようやくたどり着いたのが「日本の食文化やものづくりを世界に広める」という新しい夢だといいます。

サッカーを辞めて世界を放浪したとき、自分が日本のことを知らないことに気づき、2009年から全国47都道府県を南の沖縄から順次巡回し、そこで伝統文化が衰退していく現実を目の当たりにしたのがきっかけだそうです。

「せっかく素晴らしいものを作っているのに、PRが下手だったり、海外や時代のニーズをつかめなかったりして、衰退を余儀なくされている。それなら、作り手の情報を消費者や市場に発信すれば、市場がうまく育ち、ビジネスとして成り立つのではないか。そうすれば、多くの人が幸せになれる。それが自分ができることではないかと感じた」

目利きとして自分の感性や勘を頼りに文化を選び、代理店として作り手の情報を市場に発信し、作り手と消費者をつなぐ、これらの機能を中田さん自身が請け負うという発想ということですね。

まず目を付けたのが日本酒。

中田さん自身の目で選んだ全国100の蔵元を集めて、1日10銘柄に絞り、「福島ドリームチーム」「偉大なる秋田地酒大軍団」などテーマごとに日本酒の魅力を有料で紹介した(参加料3500円=酒と料理券、グラスとおちょこ付き)。

日本酒のPRイベント「CRAFT SAKE WEEK」を2016年2月に開催していました。

1年のうちの4~5カ月程度は海外で生活、そして日本にいても地方に行っていることが多く、東京に滞在している時間はそれほど多くないそうです。

ですから特定の場所に使わない家があっても意味がないので、ずっとホテル暮らしを続けているということでした。

「イタリアのセリエAや英国のプレミアリーグでプレーするなど、僕はサッカーでもいつも世界を目指してきた。設立した会社でも同じように世界を目標に据えたい。10年後、20年後に日本酒の文化がワインのように世界に広がり、定着できたらすばらしいこと。そうなったら僕の勝ち。それが僕の夢であり、目標でもある」

日本文化の伝道師として、世界を相手にサッカーに負けないくらい熱い情熱&意気込みをインタビューで語っていました。

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中村俊輔と確執について

マスコミも2人をライバル関係と強調していたこともあり、中田さんが現役時代には、「中田英寿と中村俊輔はぶっちゃけ、仲悪いですよね?」なんてコメントが多く見られていました。

しかし実際はライバル関係ではなく、信頼関係で繋がっていたということでした。

2006年出版された「敗因と」(金子達仁 著)では、中村俊輔選手は、中田英寿さんのことを凄い人と語っています。

中田さんも日本代表で、「俊輔のパスを活かすため自分は受け手の動きを増やした」と中村選手のテクニックを信頼していましたし、シドニー五輪で「お前が蹴れ」と、まだ若手だった中村選手にFKを任せた有名な話がありますからね。

現在も中村選手がインタビューで

「(メディアでは)ヒデさんとも比較されたけど、どうこうっていうのはなかった。ジーコのときのヒデさんは、特別な存在。(中田が所属していた)当時のローマは、今で言うバルサとかレアルみたいな感じで、そこでプレーできる力と経験を持つ選手は、日本代表には他にいなかった。たぶん、代表でプレーするときに(中田が)感じる、俺らへの物足りなさやストレスはすごかったと思う。ヒデさんは徐々に俺たちのレベルに寄ってきてくれたけど、ヒデさんが(本来の)ヒデさんでいられるレベルの選手が(代表には)ほとんどいなかった。しかも、本当ならヒデさんがトップ下をやるべきなのに、俺みたいなちょこまかした選手がトップ下をやって、ヒデさんはボランチをやった。同じレベルではなくて、本当に申し訳ないって思っていた」

と中田英寿さんに対して思いを激白していました。

ですから周りが思っているイメージとは、全く違ったということですね。

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プロフィール

愛称:ヒデ

生年月日:1977年1月22日

年齢:41歳

出身地:山梨県甲府市

血液型:O型

身長:175cm

体重:72kg

学歴:韮崎高校

職業:国際サッカー評議会(IFAB)諮問委員、株式会社東ハト執行役員、一般財団法人「TAKE ACTION FOUNDATION」代表理事、観光庁「アドバイザリー・ボード」メンバー。

事務所:株式会社サニーサイドアップ

趣味:旅、読書、音楽、映画鑑賞、漫画

特技:英語、イタリア語

各世代の日本代表を経験し、1995年にJリーグのベルマーレ平塚に入団。

1996年、オリンピック日本代表に最年少で選出され、アトランタオリンピックに出場し、ブラジル戦に勝利した、いわゆる「マイアミの奇跡」のメンバーの主軸として活躍します。

その後、1998年フランス、2002年日韓、2006年ドイツと3大会のワールドカップに出場。

イタリアセリエA(ASローマ)では日本人初となる優勝メンバーとなります。

2006年のドイツ大会では思うような結果を残せず、大会終了後、現役引退を表明し日本中に衝撃が走りました。

引退後100以上の国や地域を旅した経験から、世界の問題点をできることから解決しようと、2008年に「TAKE ACTION! 2008+1」キャンペーンを立ち上げ、2009年、一般財団法人 TAKE ACTION FOUNDATIONを設立。

同年より、国内47都道府県の旅を始めると、これをきっかけに伝統文化・工芸などを支援するプロジェクトを財団でスタートさせます。

代表理事に就任され、サッカーを通した社会活動を積極的に行っています。

また2003年より、東ハト執行役員CBO(最高ブランド責任者)という経営者としても広く知られています。

私なりのまとめ!

ロシアワールドカップで日本代表の健闘もあり、中田英寿さんの存在がクローズアップされていますが、自分がプレーしていないサッカーにはあまり興味を感じていないということで、中田英寿さんに対する多くのファンがジレンマ抱えているかもしれないですね。^^

今後ますますの活躍を期待しています!

最後まで読んでいただきありがとうございました。
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