昌子源の嫁と子供の画像は?姉のカエデはモデルで超絶美人!

こんにちは、安定感あふれるプレー、味方に送る的確な指示、鋭い読みで守備陣を統率し、キャプテンとして鹿島アントラーズをアジア・チャンピオンズリーグ(ACL)優勝に大きく貢献しました昌子源選手。

さらにロシアワールドカップでも世界にその存在を知らしめ、海外移籍は秒読みと言われています。

そんな昌子源選手のプレー同様、プライベートも気になる人もいるかと思います。

この記事は、昌子源選手のプライベートについての内容となっています。

スポンサーリンク

昌子源(しょうじ げん)選手のプロフィール

愛称:ゲン

生年月日:1992年12月11日

年齢:25歳

出身地:兵庫県神戸市

血液型:AB型

身長:182cm

体重:74kg

利き足:右

ポジション:DF(CB)

所属チーム:鹿島アントラーズ

趣味:映画鑑賞

家族構成:両親、姉

プレースタイル:強くて速い理想的なCBで国内屈指の実力者と言われています。

1対1になっても下がるだけでなく、サイドに相手を追い込みボールを奪い返せる数少ないDFです。
父親の昌子力(しょうじちから)さんはヴィッセル神戸ユースの監督として、Jユースカップで優勝を経験し、現在は姫路獨協大学でサッカー部の監督を務めています。

母親直美さんも、元・ソフトボール日本リーグ選手、Lリーグ田崎ペルーレ所属選手というアスリートのご両親でした。

1歳半の頃からスポンジボールで遊んでおり、自然とサッカーをやるようになったといいます。

幼稚園に上がると、家の中にある畳の部屋に布団を敷き、ボールを蹴ってキーパー役で布団の上にダイブしながらキャッチすることが楽しくなったそうです。

小学校

小学校4年生時に地元のサッカースクール(FCフレスカ神戸)に通います。

当時のポジションはFWでした、

小学校4年生で6年生の試合に出場したりと、能力が同年代から抜け始めると、選抜に選ばれることも多くなり、神戸市から兵庫県、そして関西選抜へとステップアップしていきます。

当時の関西選抜に選出された小学6年生の選手たちの大半が、ガンバ大阪ジュニアユースへと進んだので昌子選手もガンバ大阪ジュニアユースへ入団。

同期には宇佐美貴史選手(ブンデスリーガ2部・フォルトゥナ・デュッセルドルフ)や大森晃太郎選手(FC東京)などそうそうたるメンバーがいました。

スポンサーリンク

中学校

宇佐美選手や大森選手等、有望と判断された同期と比べ、体の小さかった昌子選手にたいして明らかにスタッフの態度が違ったそうです。

我慢して続けましたが、急速にサッカー熱が冷め中学3年の春にはガンバジュニアユースを退団。

時間を持て余し、コンビニにたむろするなど完全にサッカーをしなくなりました。

高校

昌子力さんの後輩が鳥取・米子北高で監督を務めていた関係もあり見学にいきます。

そこでサッカーボールに触れ、もう一度サッカーをやりたいという思いが湧き、米子北高校に進学を決めます。

大型フォワードとして期待されて入学したものの、満足に試合に出られない日々が続くと、監督の城市よりセンターバックへのコンバートを命じられました。

コンバートに関しては当初は本当に嫌だったといいます。

しかし高校2年にあがる時には、センターバックを真剣にやらないと試合に出られなくなると思って、取り組むようになったそうです。

次第に才能が開花し、高校総体や選手権で全国ベスト8に貢献。

さらには高校3年に上がる頃にはU-19日本代表候補として招集されるまでに成長します。

プロ入り

1対1の強さやロングキックの正確さで評価を高め、2011年に鹿島アントラーズに入団。

しかし同じ2011シーズンに入団したMF柴崎岳選手(ヘタフェCF)とは対照的に、最初の3年間はほとんど試合に絡めませんでした。

その間、当時大岩剛ヘッドコーチ(現監督)から徹底的にディフェンスの動きを指導され、そして2014年、リーグ戦では自身初の全試合出場を果たし、Jリーグ優秀選手賞を獲得。

2015年からは秋田豊選手や岩政大樹選手らが背負ってきた、ディフェンスリーダーの象徴である「3番」を受け継ぎます。

2016年、12月3日のチャンピオンシップ決勝・浦和レッズ戦ではセンターバックとして守備陣を支えて優勝に貢献。

またJリーグ王者として挑んだFIFAクラブワールドカップではディフェンスの中心としてプレーし、あのレアル・マドリー相手に堂々たるプレーを見せ、世界2位に貢献した守備力が評価されました。

また2016年からロシアワールドカップアジア最終予選の日本代表に招集され先発出場します。

2017年12月にはEAFF E-1フットボールチャンピオンシップ2017日本代表の主将としてピッチに立っています。

2018年6月12日の国際親善試合パラグアイ代表戦で西野朗監督によって槙野智章選手に代わりスタメンに起用され、そのままロシアW杯ではJリーグ組唯一のレギュラーとして活躍。

11月には鹿島通算20冠目であり、初のタイトルであるAFCチャンピオンズリーグをキャプテンとして優勝に貢献し、大岩剛監督から「お前を主将にして良かった」と絶大な信頼を得ています。

スポンサーリンク

嫁と子供の画像は?

2016年10月に一般女性と入籍。

2017年1月5日に結婚を発表しています。

ですから一般の方なので、詳しい情報がありませんでした。 m(_ _)m

もちろん子供についても情報がありません。

「私事ではありますが、昨年の10月に入籍いたしました。シーズンが終わってから発表しようと思い、このタイミングになりましたことをお許しください。最高の人生のパートナーを得ましたので、より一層サッカーに集中し精進していきます。今後とも応援をよろしくお願いいたします」

と鹿島アントラーズの公式サイトで2017年にコメントしていました。

結婚されて約2年位だと思うので、子供さんがいてもおかしくないですね。

姉カエデはモデルで超絶美人!

出典元:https://ja.wikipedia.org

姉は女優でモデルの昌子楓さんでした。

昌子楓(しょうじ かえで)さんのプロフィール

生年月日:1991年3月21日

年齢:27歳

出身地:兵庫県神戸市

血液型:A型

身長:165cm

職業:モデル、女優

事務所:A-team、A-Light

趣味:フィルムカメラ、読書、サッカー観戦、映画音楽鑑賞

特技:リフティング

2011年、大学時代にスカウトされベルコの新作Wedding Dress Showにて初めてモデルを経験。

またファッション誌「DECOLOG PAPER」誌で専属読者モデルデビューします。

2012年、ファッションサイト「RUNWAYchannel」のオフィシャルファッションブロガーに就任。

おそらくこの頃はエイベックス・マネジメント所属で昌子カエデの名前で活躍されていたと思います。

2014年、「中居正広の金曜日のスマたちへ」で赤服レディーレギュラーとして出演。

また東京ガールズコレクションにも出演されていました。

2017年10月からは伊藤英明さんや高岡早紀さんや吉岡里帆さんが所属している芸能事務所A-Team Groupに所属され、本名の昌子楓の名前で活躍されています。

私なりのまとめ!

ロシアワールドカップでの活躍、そして鹿島アントラーズのアジアチャンピオンと、申し分ない実績を引っさげて、いよいよ海外移籍が現実味を帯びています。

昌子源選手のこれからの動向から目が離せないですね。

今後ますますの活躍を期待しています!

最後まで読んでいただきありがとうございました。
【関連記事はこちら】
鈴木優磨 兄弟はイケメンJリーガー?彼女は加藤綾子似?

スポンサーリンク



シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする