ボアテング 歴代の背番号を調査!ケヴィンプリンスボアテングについても

こんにちは、世界最高のディフェンダーとして数々の頂点を掴んできましたジェロームボアテング選手。

現代サッカーにおいて、ディフェンダー(CB)の役割を具現化した選手として、多くの選手に影響を与えたことでしょう。

今回はそんな、ボアテング選手についてまとめてみました。

スポンサーリンク

プロフィール

本名:ジェローム・アギェニム・ボアテン

生年月日:1988年9月3日

出身地:ドイツ 西ベルリン

身長:190cm

体重:94kg

ポジション:DF

利き足:右

【プレースタイル】

  • 対人プレーで圧倒的な存在感を放ち、空中戦に絶対の自信を持っている。
  • 本職のセンターだけではなく、最終ラインならどこでもこなせる万能型。
  • 両足の正確なフィード(ロングパス)で、多くのチャンスを生み出す。
  • 攻撃面でロングスローも武器。

歴代の背番号を調査!

41番(ヘルタベルリン:2007)

2002年、ヘルタベルリンの下部組織でキャリアをスタートさせます。

ヘルタベルリンⅡ(2軍)で主力として活躍(2005-06シーズン・9試合出場・1得点)(2006-07シーズン・15試合出場)し2007年1月(18歳)にトップチームに昇格。

ハノーバー96戦でデビューを果たし、リーグ戦10試合に出場しました。

・2006-07 リーグ戦 10試合・0得点

19番→17番(ハンブルガーSV:2007-2009→2009-2010)

2007年8月にはハンブルガーSVへ移籍となります。(移籍金約110万ユーロ)

加入から2シーズンは右サイドバックとして2007-08シーズンは4位、2008-09シーズンは5位と優勝争いに絡むチームで活躍します。

2008-09シーズンからはセンターバックにポジションを移しレギュラーに定着すると、リーグ戦27試合に出場(0得点)。しかしチームは開幕当初、優勝候補筆頭にあげらましたが、7位に終わり苦いシーズンとなりました。

U-21ユーロが成功した後、ボアテングはセンターバックポジションにシフトしました。 2009/2010年、彼はハンバーガーで41試合を行い、4アシストで2得点を挙げました。彼のクラブは再びヨーロッパリーグの準決勝に進み、フラムに敗れた。

  • 2007-08 リーグ戦 27試合・0得点
  • 2008-09 リーグ戦 21試合・0得点
  • 2009-10 リーグ戦 27試合・0得点

17番(マンチェスターシティ:2010-2011)

2010年6月にはマンチェスターシティに移籍となります。(移籍金1000万ユーロ・5年契約)

2010年この日:シティはハンブルガーSVのジェロームボアテンに正式に署名しました。ボアテングはバイエルンに移る前にシティで1年しか続かなかった。

即戦力として期待されましたが、シーズン前の国際親善試合(デンマーク戦)で膝を負傷してしまいます。

そのケガの影響やサバレタ選手、コラロフ選手らとのレギュラー争いに敗れてしまい、リーグ戦16試合(無得点)に留まりました。

・2010ー11 リーグ戦 16試合・0得点

17番(バイエルンミュンヘン:2011-2021)

2011年7月、バイエルンミュンヘンへ移籍。(移籍金1350万ユーロ・4年契約)

2011-12シーズン、右サイドバックでプレーしなければならないことに不満を感じつつもレギュラーに定着。リーグ戦27試合に出場(無得点)するもチームは、リーグ2位・DFB杯準優勝・チャンピオンズリーグ準優勝とシルバーコレクターとなり、2年連続無冠に終わるという屈辱的なシーズンとなりました。

2012-13シーズンからは、ダンテ選手と共にセンターバックのコンビを組んで強固な守備を形成し、3冠達成(リーグ優勝・DFB杯優勝・チャンピオンズリーグ優勝)に大きく貢献。

2013-14シーズンもバイエルンにとって欠かすことのできない存在となり、リーグ優勝・DFB杯優勝の2冠達成を支えました。(2013年12月11日にはバイエルンとの契約を延長を締結)

2014-15シーズン、最終ラインを統率し守備の要としてリーグ戦27試合に出場、チーム3連覇に貢献しましたが、シーズン前にバルセロナから4000万ユーロの獲得オファーが届いていたことが判明したためこちらの方が大きな話題に。

「バルセロナが僕の獲得のために、具体的にどのくらいの金額を提示したのかは知らない。でも、打診を受けたことは事実だ。もちろん、バルサのようなクラブが興味を持ってくれるのは大きな名誉だと思う」

「だけど、その話については、あまり考えなかったんだ。当時、すでにバイエルンで新シーズンに向けた準備に入っていたからね。それに今、チャンピオンズリーグに優勝したいなら、バイエルンからバルセロナに向かう必要などないよ」

2015-16シーズンも守備の要・不動のレギュラーとしてドイツ年間最優秀選手に輝きました。(2015年12月には2021年までの契約延長を締結)

世界屈指のCBと呼ばれ挑んだ2016-17シーズン、最終ラインの司令塔として機能させチーム5連覇の原動力となりますが、筋肉系の負傷に悩まされることに。

2017-18シーズン、筋肉系の負傷に苦しみながらも2018年3月に行われましたハンブルク戦(6-0で勝利)に出場し、クラブ通算250試合出場を達成。

2018-19シーズンからニココヴァチ新監督が就任するとフンメルス選手とニクラスズーレ選手が主に起用されたため出場機会が激減。

パリサンジェルマンへの移籍の噂が加熱していきます。(最終的には残留)

負傷の影響もあり、なかなかトップコンディションに戻すことが出来ず、衰えが見え始めたと指摘する声もありましたが、2020-21シーズンにフリック新監督を迎えるとパスの技術や鋭い読みやカバーリングで見事復活し、リーグ戦29試合に出場・1得点・1アシストとブンデスリーガ9連覇に大きく貢献しました。

2021年4月、バイエルンのスポーティングディレクター、ハサンサリハミジッチ氏がボアテング選手とは契約延長しないと述べシーズン終了後に退団となりました。

  • 2011-12 リーグ戦 27試合・0得点
  • 2012-13 リーグ戦 26試合・2得点
  • 2013-14 リーグ戦 25試合・1得点
  • 2014-15 リーグ戦 27試合・0得点
  • 2015-16 リーグ戦 19試合・0得点
  • 2016-17 リーグ戦 13試合・0得点
  • 2017-18 リーグ戦 19試合・1得点
  • 2018-19 リーグ戦 20試合・0得点
  • 2019-20 リーグ戦 24試合・0得点
  • 2020-21 リーグ戦 29試合・1得点

27番→17番(オリンピックリヨン:2021-2022→2022-2023)

2021年9月、フリートランスファーで入団。(2年契約)

攻撃的なパスサッカーを標榜するピーターボス監督指揮のもと、ディフェンスリーダーとしてチームを支えますが、守備面での戦術が甘く8位と低迷。

さらに、2022-23シーズンはチームメイトやピーターボス前監督との衝突など、ベテランらしからぬ振る舞いで一時トップチームのトレーニングから外れることもありリーグ戦8試合の出場に留まりシーズン終了後に退団となりました。

2021-22 リーグ戦 24試合・0得点

2022-23 リーグ戦 8試合・0得点

代表の歴代背番号を調査

各カテゴリーでの主軸つして活躍し、「UEFA U-21欧州選手権2009」ではメストエジル選手やマルコマリン選手らと共に優勝メンバーとなっています。

4番

2009年10月に行われました親善試合・ロシア戦でA代表デビューは果たしましたが、デビュー戦で退場処分を受けてしまいました。

20番

2009年以降は常に招集されるようになります。

★「2010 WORLD CUP」では主に左サイドバックとして5試合に先発出場し、ドイツの3位に貢献。(2大会連続)

ケビンプリンスボアテングとジェロームボアテングは、FIFAワールドカップの試合で互いに対戦した最初で唯一の兄弟です。彼らは、ガーナがガーナを代表するケビンプリンスとドイツを代表するジェロームと一緒にガーナがドイツと対戦した南アフリカ2010ワールドカップでこれを行いました。

★「EURO 2012」では右サイドバックでプレーし決勝までの5試合で4試合に出場。準優勝メンバーとなっています。

★「2014 WORLD CUP」ではGL3試合は右サイドバック、ラウンド16からはセンターバックと複数ポジションをこなし、優勝に大きく貢献。

最優秀選手は決勝点をあげたマリオゲッツェ選手でしたが、いくつかのメディアはボアテング選手が最優秀選手という声がありました。

17番

★「EURO 2016」ではフンメルス選手と組むセンターバックコンビは世界最強と言われ、初戦のウクライナ戦(2-0勝利)でのゴールラインギリギリでクリアーは大きな話題となりました。

ベスト16のスロバキア戦でゴールを決めますが、準決勝のフランス戦で太ももを痛めて途中交代を余儀なくされ、チームも0-2で敗退となりました。

ボアテングはユーロ2016でフランスに対して同じリスクを負い、その後4か月以上にわたって棄権されました[ユーロスポーツ]

★「2018 ロシアワールドカップ」でも守備の主軸として選ばれるもグループリーグ・スウェーデン戦での退場や韓国に0-2の衝撃的な敗北を喫するなど、グループリーグ敗退の責任を負わされることに。

2019年3月、チームの若返り化を図るレーヴ監督(当時)は、ボアテング選手、フンメルス選手、そしてミュラー選手の3人を今後代表に招集しない意向を明らかにしました。

ケヴィン プリンス ボアテングの歴代背番号を調査!

出典元:ja.wikipedia.org

ボアテングといったらもう一人、ジェロームボアテング選手の異母兄弟の兄(次兄)・ケヴィン=プリンスボアテング選手ですね。

ケヴィン選手についてもまとめてみました。

プロフィール

生年月日:1987年3月6日

出身地:ドイツ 西ベルリン

身長:185cm

体重:86kg

ポジション:MF/FW

利き足:右

【プレースタイル】

  • トップ下・インサイドハーフ・両サイドでもプレーでき、力強さと旨さを高次元に兼ね備えたMF。
  • フィジカル・スタミナ・スピードの全てが水準以上で攻守の両面に顔を出す。
  • FWとしてのユーティリティ性にも優れ、常にゴールを意識した強引な飛び出しや、ドリブルから豪快に放つシュートの決定力が高い。

歴代背番号を調査!

27番(ヘルタベルリン:2005-2007・2021-2023)

7歳でヘルタベルリンの下部組織に入団。その才能は早くから注目を集め、2005年8月に行われましたフランクフルト戦で(2-0勝利)プロデビューを果たしました。

ニコ・コヴァチとケヴィン・プリンス・ボアテングは、2006年にヘルタBSCで一緒にプレーしました。今日、彼らは再び一緒に働きます。ボアテングは、コバチがコーチを務めるアイントラハトフランクフルトの選手です。

両足から放たれる強烈なミドルを武器にレギュラーに定着すると、リーグ戦42試合に出場し4得点を記録。

将来を嘱望される若手として、いくつかのプレミア勢から注目されるようになりました。

2021年6月、14年ぶりに古巣のヘルタ・ベルリンへ完全移籍で電撃復帰。(1年契約)

好不調の波が激しい2021-22シーズンを送りチームも降格圏を脱出することが出来ず低迷しますが、プレーオフでダイナミックなプレーと「お前らハングリーか?」とメンタル面でも鼓舞しチームを残留に導きました。

2022-23シーズン前にシーズン終了後に現役引退を表明しチームを支えますが2部降格となってしまいます。

2023年6月正式に現役引退となりました。

  • 2005-07 リーグ戦 42試合・4得点
  • 2021-22 リーグ戦 18試合・0得点
  • 2022-23 リーグ戦 16試合・0得点

17番→28番(トッテナムホットスパー:2007→2009)

2007年7月、トッテナムホットスパーへ移籍。(移籍金約13億円・4年契約)

しかし加入して一ヶ月後に、マルティンヨル監督(当時)から「希望していた選手ではなかった」と言われ精神的に挫折を負いってしまいその結果、度重なる素行やオーバーウェイトの問題で十分な出場機会を得ることが出来ず、2009年1月にドルトムントへレンタルで放出されます。

ちなみにキャリアを早い時期に捨てる可能性があったといいます。

2009-10シーズンに一旦復帰するも財政的制約のためにポーツマスへ移籍となりました。

「マルティン・ヨルには(加入)1か月後に望んでいないと言われた。それで僕は誰をも敵に回したんだ。完全に孤立したね。・・・僕は週6でクラブに出かけ、1年近く飲みまくっていた。・・・毎日朝の6時まで遊んでたんだ。体重も95キロあり、酒や不健康な食事で体が腫れあがっていた。」

・2007-09 リーグ戦 14試合・0得点

22番(ドルトムント:2009)

2009年1月、ドルトムントへ半年間のレンタル移籍となりましたが、ボルフスブルク戦で長谷部誠選手の頭部に飛び蹴りを行い4試合出場停止になるなど、全く出場機会が与えられませんでした。

ケビンプリンスボアテン-ボルシアドルトムント:ルール地方のクラブは、2008年にトッテナムからこの選手の融資を受け入れました。

・2009 リーグ戦 10試合・0得点

23番(ポーツマスFC:2009-2010)

2009年8月、3年契約でポーツマスへ移籍となります。

9月にボルトン戦で初ゴールを決めるとシーズン通して安定したプレーを見せますが、チームは財政面の問題で積極的な補強が出来ず戦力が低下してしまい降格となってしまいました。

・2009-10 リーグ戦 22試合・3得点

27番→10番→72番(ACミラン:2010-2012→2012-2013→2016)

2010年8月にはジェノアと5年契約を結び完全移籍し、その後すぐに共同保有でACミランへレンタルされ、夢が実現したと喜びのコメントを述べています。

トップ下からインサイドハーフまで高い機能性を誇り、走力と頑強さを利して敵陣に飛び込む積極性でミランの攻撃陣を牽引。7年ぶりのスクデット獲得に大きく貢献。

2011-12シーズンにはレッチェ戦で14分の間にハットトリックを決めるなど好調をアピールし、ジェノアから完全移籍となりました。

セードルフ選手が着用していた10番を継承して挑んだ2012-13シーズン、チャンピオンズリーグのバルセロナ戦(2-0勝利)では守備的ミッドフィルダーとしてのレベルが高いことを証明しました。

半年間の無所属を経て、2016年1月にフリーでミランに復帰(半年契約)を果たすと、1月のフィオレンティーナ戦では得点を決め好調をアピールしますが、シーズン終了後には契約満了で退団となります。

ケビンプリンスボアテンは今シーズン、ミラノで72番を着用します。

  • 2010-11 リーグ戦 26試合・3得点
  • 2011-12 リーグ戦 19試合・5得点
  • 2012-13 リーグ戦 29試合・2得点
  • 2015-16 リーグ戦 11試合・1得点

9番(シャルケ04:2013-2015)

2013年8月、シャルケ04に移籍。(移籍金1000万ユーロ・4年契約)

2013-14シーズン、ブンデスリーガ開幕後の加入にもかかわらず、トップ下の座を射止め、リーグ戦28試合に出場・6得点とチャンピオンズリーグ出場権を獲得する3位に導く活躍を見せました。

しかし、2014-15シーズンには不調に陥りチームも低迷。ヨーロッパリーグ出場権獲得に暗雲が立ちこめている状況を受けて、シーズン中盤での契約解除となりました。

  • 2013-14 リーグ戦 28試合・6得点
  • 2014-15 リーグ戦 18試合・0得点

7番(UDラスパルマス:2016-2017)

2016年8月、UDラスパルマスと契約しました。(1年契約)

初のラリーガ挑戦もバレンシア戦でデビューし初ゴールをマーク。このゴールはその年のリーガの最高のゴールの1つとして称賛されました。

加入1年目ながら28試合10得点を記録しチーム得点王となり、リーガの11位につける活躍をみせました。

シーズン終了後には3年間の契約を提示されていましたが2017年8月、プライベートな理由により契約解除となりました。

2016-17 リーグ戦 28試合・10得点

17番(フランクフルト:2017-2018)

2017年8月、フランクフルトへ完全移籍となります。(3年契約)

盟友のニココバチ監督(当時)のもと、中心選手として31試合出場・6得点を記録。そして30年ぶりとなるDFB杯優勝に大きく貢献しました。(決勝バイエルンミュンヘンを3-1で撃破)

・2017-18 リーグ戦 31試合・6得点

27番(USサッスオーロ:2018-2019)

2018年7月、USサッスオーロへ3年契約で移籍となりました。

「私の構想で決定的に重要だ」とデゼルビ監督が評する偽の9番として期待されるも、シーズン後半にはまさかのバルセロナへレンタル移籍となりました。

・2018-19 リーグ戦 13試合・4得点

19番(バルセロナ:2019)

2019年1月、FCバルセロナへ半年間のレンタル移籍となりました。(800万ユーロでの買取オプション)

ラスパルマスでの活躍が評価されてのラリーガ再挑戦となりましたが、選手層の厚さに出場機会を得ることが出来ませんでした。

・2018-19 リーグ戦 3試合・0得点

10番(フィオレンティーナ:2019-2020)

2019年8月にはフィオレンティーナへ完全移籍。

フランクリベリー選手といった大型補強を行い巻き返しを図るチームで10番を背負い、開幕戦でゴールを決めるなど好調をアピールしますが、2020年1月、トルコの名門・ベシクタシュに半年間の期限付き移籍となります。

シーズン終了後には、フィオレンティーナへレンタルバックされましたが、スポーツ・ディレクターを務めるダニエレ・プラデ氏が、「ケヴィン・プリンスは昨シーズンのプレーヤーの中で唯一、我々のプランに100%フィットしないプレーヤーだ」と、構想外を言い渡して退団となりました。

・2019-20 リーグ戦 14試合・1得点

99番(ベシクタシュ:2020)

2020年1月にレンタル移籍で加入。

ケビンプリンスボアテンゴール後。

トルコ行きを決断した理由については、ドイツ『Sport1』のインタビューに応えていました。

「俺はこれまで素晴らしいキャリアを積んできた。いろんな国で多くのことを学んだり、言語を習得したりね。今はトルコにいるけど、俺は多くのトルコ系移民とベルリンで育ったんだ。だから彼らの考え方や文化をよく知っているつもり。親しみもあったから、トルコでは昔からプレーしたいと思っていたんだ」

・2020 リーグ戦 11試合・3得点

7番(モンツァ:2020-2021)

2020年9月、ベルルスコーニ氏がオーナーでセリエBに昇格しましたモンツァに加入します。(1年契約)

アスリートとしての爆発力とクリエーターとしての技術力をセリエBでも存分に発揮させますが、惜しくもセリエA昇格を逃した為、契約満了で退団となりました。

マリオバロテッリは、ACモンツァのデビューから5分を記録しました。

ケヴィン・プリンス・ボアテンとマリオ・バロテッリがセリエBでリンク

・2020-21 リーグ戦 25試合・5得点

代表の歴代背番号を調査

U-15からU-16、U-17、U-19、U-20、U-21と、各カテゴリーのドイツ代表で活躍していましたが、2009年にA代表招集を巡ってドイツサッカー連盟と対立したため、ガーナ代表を選択。(父親のガーナ国籍を行使)

23番

「2010 FIFAワールドカップ」に出場。持ち前のダイナミックなプレーでガーナ代表の中盤を支え、決勝トーナメント1回戦のアメリカ戦では先制点をあげました。

また、グループリーグでドイツと対戦。弟のジェロームボアテング選手との兄弟対決が大きな話題となり、ケヴィン選手に軍配が上がりました。(1-0勝利)

ケビンプリンスボアテンとジェロームボアテン

ガーナvsドイツ
2010FIFAワールドカップ

2人の兄弟がFIFAワールドカップで反対のチームでプレーしたのは初めてでした。

9番

「2010 FIFAワールドカップ」に出場しグループリーグのアメリカ戦(1-2敗戦)、2大会連続で兄弟対決で話題となりましたドイツ戦(2-2引き止め)に出場。

しかし、最終戦のポルトガル戦を前にガーナ協会から「規律違反があった」としてサリームンタリ選手と共に代表メンバーから外され大会から姿を消しました。

明らかに:ケビンプリンスボアテンは、タオルが盗まれたため、2014年のワールドカップで不正行為をしました

チームスタッフに対する暴言が噂されましたが、後にインタビューで自国協会の選手に対する待遇の悪さと改善の兆しが無かった事を明かしています。

私なりのまとめ

兄弟ともこれからの動向に注目ですね。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

【関連記事はこちら】

【年代別】バイエルンミュンヘン 歴代メンバー 一覧|背番号付きで紹介

【年代別】シャルケ04 歴代メンバー 一覧|背番号付きで紹介

【年代別】ACミラン 歴代メンバー 一覧|背番号付きで紹介

ACミラン歴代メンバー!背番号10番選手を顔写真付きで紹介

スポンサーリンク



シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする