セスク 歴代の背番号を調査!年俸推移についても気になる

こんにちは、優れた洞察力と抜群のテクニックでスペイン史上、最もプレミアリーグに適応した選手と言われていますセスクファブレガス選手。

若きガンナーズの中心選手として躍動した勇姿は、今でも多くのファンの目に焼き付いていることでしょう。

今回はそんなセスク選手についてまとめてみました。

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プロフィール

本名:フランセスク・ファブレガス・ソレール

愛称:セスク、エル・アルキテクト

生年月日:1987年5月4日

出身地:スペイン カタルーニャ州アレニズ・ダ・マール

身長:180cm

体重:75kg

ポジション:MF・FW

利き足:右足

【プレースタイル】

  • アタッカー(相手ゴールに向かって攻撃を仕掛けて、得点を取る役割)と司令塔(パスや他の選手への指示によって試合の流れをコントロールする役割)の両方のプレーができる。
  • 視野も広く、展開力に長け、プレッシングの強いプレミアリーグでもボールを奪われずにプレーが出来る。
  • キック力が強くミドルシュートやロングシュートが正確無比。
  • 積極的な前方への鋭い飛び出しや最後の崩しが得意。
  • 試合の展開能力や読みが鋭く、ワンプレーでゲームに緩急(アクセント)がつけられる。

歴代の背番号を調査!

バルセロナのカンテラで育ち、2003年のU-17世界選手権で大会得点王と最優秀選手に選出されると、その才能に惚れ込んだベンゲル監督(当時)からの熱烈なアプローチにより2003年、アーセナルに入団。

ちなみにセスク選手を10~11歳のときに指導していたカルレス・ロマゴサ氏によれば、セスク選手は体力テストも技術テストもセスクは、チームの中で並以下の選手だったそうです。

「彼が12歳のときに、体力テストと技術テストを実施したのですが、スピード面ではかなり数字が悪く、技術のサーキット練習でも目立った結果を残せませんでした。それどころか彼よりも年下の選手で、いい成績を残す選手が何人もいたのです」

しかし、それ以上に特別な才能が備わっていたということでした。

「セスクは試合の流れを読みとる能力が優れていました。どのようにプレーが進むのかを察知し、常に適切なポジションをみつけ、その場所にいるのです。他の選手よりも視野が広く、適切なプレーを選択することができるので、ボールを奪われることなくパスをつなぎ、決定的な場面を作り出すことができます」

アーセナル

57番(2003-2004)

16歳で名門入りした天才は当初は経験不足を感じさせるプレーも多かったものの、シーズンが深まるにつれて調子を上げていき能力の高さを発揮しました。

セスクファブレガスが最初に着たTシャツの番号を知っていますか#Arsenal 57ですか?

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15番(2004-2006)

加入2年目で満足いく出場時間を確保すると瞬く間に才能を開花させ、FAカップの優勝。

セスク・ファブレガスは、ティエリ・アンリとジルベルトと共にゴールを祝います。ハイベリー 2005 対ブラックバーン ローバーズ。

さらに、UEFAチャンピオンズリーグのユヴェントス戦ではゲームを支配し、自ら先制点を奪う活躍を見せてチームの勝利に大きく貢献しました。

4番(2006-2011)

2006-2007シーズンより、パトリックヴィエラ選手が背負っていた背番号4番を受け継ぎました。

持ち前のパスワークに加え、課題であった決定力にも磨きがかかります。

2007-08シーズンにはプレミアリーグだけで20アシストを記録するなど、トップ下でクリエイティブ側面を見せて新境地を開拓させました。

2008-09シーズン途中からはトニー・アダムス選手に次ぐクラブ史上2番目の若さで主将に就任するなど、アーセナルの新たな象徴となりました。

2009-10シーズンはチーム最多のリーグ15得点と得点力も増えると同時に、バルセロナ復帰報道が慌ただしくなります。

しかし、フロントやベンゲル監督の積極的な慰留により残留を決意。リーグナンバーワンと言われる攻撃陣を要し、優勝候補筆頭として挑んだ2010-11シーズン、

マンチェスターユナイテッド、チェルシー、マンチェスターシティの壁は高く大きく差を広げられた形でリーグ4位でフィニッシュ。

この結果を受けて、「心にはいつもバルサがあった」といい、バルセロナへ復帰を決意したということです。

アーセナルには8シーズン在籍し、公式戦304試合で57得点97アシストという成績を残しました。

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4番(バルセロナ:2011-2014)

イングランドに渡ってから8年の月日が流れた2011年8月、FCバルセロナへ5年契約で移籍となりました。(移籍金は最大3900万ユーロ=約43億円)

中盤の組み立て役として使われると思いきや、最前線で自由に動く「偽9番」として躍動します。

合流直後から、8年のブランクを全く感じさせないメッシ選手とのコンビでゴール、アシストを量産し、国王杯制覇(2011-12)、リーグ優勝(2012-13)に大きく貢献しました。

しかし、復帰した当初から「クラブで1試合も出場せず、自ら出て行った選手を買い戻すのに大金を払うのはいかがなものか」と考える一部ソシオの厳しい目にさらされてもいました。

マンチェスターユナイテッドへの移籍が取り沙汰されましたが、残留を決めてバルサ愛を貫くも、2013-14シーズン、チーム内で4番目に長い出場時間を重ね、MF陣の中で最多の得点数とアシスト数を積み重ねているにも関わらず、チームが息切れしたシーズン終盤には、カンプノウのスタンドからブーイングが向けらることも。

「言うべきことは何もない。自分のバルサでの時代は終わったと決心する時が来たまでさ」

と移籍を決意したということでした。

バルセロナではリーグ戦96試合に出場・28得点を記録しています。

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4番(チェルシー:2014-2019)

2014年6月、モウリーニョ監督(当時)の説得に応じる形でチェルシー移籍が発表。アーセナルのファンの恨みを買うこととなりました。

ちなみに移籍理由については・・・

「モウリーニョと話した後は部屋を出た瞬間に『他の交渉はどうでもいい。チェルシーに行く』って思ったね。彼は自分が作りたかったチームや、その中で僕をどう活かすかについていろいろ話してくれたんだ。まさに求めていたことだったね。」

とインタビューで語っています。

なぜアーセナルに移籍しなかった理由についても・・・

「僕がバルセロナを去ると決めた時、アーセナルは最初の選択肢だったんだ。僕は彼らが自分を望んでいるかどうかを確認するために、他のクラブと交渉することなく1週間待ったよ。でも、アーセン(ヴェンゲル)からの返事はなかったんだ。間違いなく最優先だったのにね。心の中ではアーセナルへ行くつもりだったし、それは僕自身が求めていたことでもあった。でも連絡が返ってくることはなかったね。返事をくれって思ったよ」

もちろんアーセナルに影響を与えることもわかっていたということでした。

シーズン(2014-15)開幕から高度なアシストを連発。

アーセナルに在籍した当時とはまた違う気の利いたパスワークで、ブルーズの攻撃の質を大きく高め、5年ぶりとなるリーグ制覇・7年ぶりとなるリーグ杯優勝に大きく貢献しました。

リーグ最多となるパス成功数2336本でプレミア最高のパサーとして進化。プレミア6季で2桁アシストを記録した初の選手となり、アントニオコンテのもとでリーグ(2016-17)優勝・FA杯(2017-18)制覇の立役者となりました。

しかし2018年以降は、負傷の影響や新指揮官・サッリ監督の戦術、ジョルジーニョ選手、カンテ選手の加入などにより出場機会が激減。

2019年1月に新天地を求めました。

「契約更新してチェルシーに残留することも可能だった。それから新監督が、自分の息子のような選手と共にやってきた」

とコメントしています。

チェルシーではリーグ戦138に出場・15得点を記録しています。

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44番&4番(ASモナコ:2019-)

2019年1月、ASモナコに2022年6月までの3年半契約で移籍を発表しました。

セスクファブレガスはモナコでNo.44シャツを着用し、いつものNo.4をすでに着用しています。

モナコ移籍を決めた理由の1つにティエリアンリ監督(当時)の存在が影響したことを明かしていました。

「嘘を言うつもりはない。モナコに来た主な理由の1つはティエリが僕を呼んでくれたことだった。僕がすべての試合、すべての時間でプレーすることを彼は望んでいた」

2018-19シーズンはリーグ戦13試合に出場・1得点。

2019-20シーズンはリーグ戦18試合に出場・3アシスト(無得点)。

2020-21シーズンは(2021.5月時点)リーグ戦21試合に出場・2得点・3アシストを記録しています。

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代表の歴代背番号を調査

8番

2006年3月1日に行われましたコートジボワール戦で代表デビューを飾ると、1アシストを記録し「超新星」として大きな注目を集めました。

18番

2006年ワールドカップドイツ大会にも出場を果たしフランス相手に才能の片鱗をみせつけました。

セスクファブレガスは2006年ワールドカップで196パスを試み、他のどの選手よりも平均して1分あたりのパス数が多かった。

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10番

EURO2008からは10番を背負い、シャビ選手、イニエスタ選手、ダビドシルバ選手らと共に「クアトロ・フゴーネス(4人の創造者たち)」と称され優勝に大きく貢献。

セスクファブレガスが得点イタリアでのEURO2008準々決勝のシュートアウトに勝つためのペナルティ!

2010FIFAワールドカップではスーパーサブとして臨み、決勝戦のオランダ戦の延長後半、イニエスタ選手の決勝点をアシストするなど活躍をみせました。

EURO2012ではイタリアとの決勝戦で先制点となるダビドシルバ選手へのアシストを決めるなど大活躍をします。

特に準決勝のポルトガルとの激闘では、0-0のPK戦にもつれ込み最後の一撃で決勝進出を手繰り寄せました。

2014FIFAワールドカップでは、グループリーグ第1戦のオランダ戦(1-5敗退)、第3戦のオーストラリア(3-0勝利)にそれぞれ途中出場したのみとなり、チームもグループリーグ敗退となりました。

2015年10月のUEFA EURO 2016予選、ウクライナ戦で代表通算100試合出場を達成させ、2014ワールドカップの屈辱を晴らすべく背番号10を付け挑むも・・・

決勝トーナメント1回戦、イタリアと対戦し0-2で敗れ王者の称号を失い、以降は代表からフェードアウト状態となっています。

ちなみにベンゲル監督が惚れ込んだU-17大会では、背番号17をつけ躍動していました。

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年俸推移について

世界屈指のリーグでその才能を開花させたのと比例して年俸も激増していました。

● バルセロナ(2003)約300万円~2000万円(カンテラ・フベニール)

● アーセナル(2009)1000万ユーロ(約13億3000万円)

● バルセロナ(2011)500万ユーロ(約5億8500万円)

● チェルシー(2015)880万ポンド(約16億1000万円)

● ASモナコ(2021)720万ユーロ(約9億3120万円)

バルサのカンテラの年俸は平均で300万から2000万円という話があり、セスク選手もそれぐらいの年俸だったと考えます。

やはりプレミアは、世界最高峰のリーグだけあって金額も半端ないですね。

また、以前からバルサのカンテラ流出が問題視されていますが、10倍以上に年俸が激増するわけで「止む終えないのか」とも思ってしまいます。

私なりのまとめ

リーグアンではどうしても、パリサンジェルマンの牙城が高いですが、もう一度「2016-17優勝」の再現を見たいというファンも多いと思いますし、チャンピオンズリーグでセスク選手の勇姿を見たいものです。

今後の活躍に注目ですね。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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