シャビアロンソ 歴代の背番号を調査!14番にこだわる理由とは?

こんにちは、常に冷静な戦術眼と高いサッカーIQでスペイン代表やクラブに数々の勝利をもたらしてきましたシャビアロンソ選手。

特にリバプール在籍時は、監督以上にピッチ上の指揮者として、多くのサポーターから絶大な信頼を獲ていたことは有名な話ですね。

今回はそんなシャビアロンソ選手についてまとめてみました。

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プロフィール

本名:シャビエル・アロンソ・オラーノ

愛称:バスクの星、マエストロ、エル・プルモン

生年月日:1981年11月25日

出身地:スペイン・バスク州ギプスコア県トロサ

身長:183cm

体重:80kg(現役時)

ポジション:MF

利き足:右足

【プレースタイル】

  • ボールさばきが巧みで戦術理解度にも優れているマエストロ。(巨匠)
  • 視野の広さと正確なパスで攻撃を組み立てて攻撃陣を背後で操る。(2014-15シーズンのタッチ数がブンデスリーガ全選手中1位。)
  • 大きな身体を活かして激しい寄せと的確な位置取りでインターセプトが冴え渡る。
  • 観衆が思わず息を飲むようなロングパスとFKの名手。

歴代の背番号を調査!

元スペイン代表、80年代にリーガ2連覇を達成したレアルソシエダ、バルセロナにも在籍していた父親のペリコアロンソ氏。

レアルソシエダで活躍していた兄のミケルアロンソ氏というサッカー一家で育ち、レアルソシエダの下部組織へ入団しています。

ここまでだとエリートというイメージですが、実はユース年代までは小さく非力で、傑出して評判の良い選手というわけではなかったそうです。

ただ当時のスカウトは・・・

「シャビは、ピッチ全体が見えていた。パスを出すタイミングも、実は悪くはなかった。受け手の方に能力がなかったんだ。シャビに足りないのは、パスの強度と精度だけ。見えていることとタイミングは優れた素質であり、技術的不足はトレーニングで補えると思った」

と期待はかけていたということでした。

このスカウトの期待通り日々努力を積み重ね才能が開花させました。

26番:(SDエイバル:2000-2001)

18歳時の1997年にレンタル先のエイバルでデビューを飾リます。

2部リーグでは多くの出場機会を与えられプレーメーカーとしての能力を磨くと、再びエイバルにレンタル移籍となった2001-02シーズンにはレギュラーの座を確保し14試合に出場しました。

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4番(レアルソシエダ:1999-2004)

レアルソシエダに復帰を果たすと2002-03シーズン、レイノー・ドヌエ監督(当時)の下、非常に正確なパスで攻撃を自由自在に操り、レアルマドリード戦でゴールを決めて勝利するなど、終わってみればシーズンを2位で終える成功を収めUEFAチャンピオンズリーグ出場権を獲得する原動力となりました。

2003-04シーズンはチャンピオンズリーグに並行して出場した影響もあり、リーグ戦を12位という結果で終わってしまいましたが、チャンピオンズリーグではチームをベスト16に引き上げる原動力になりました。

レアルソシエダでは114試合に出場し9得点を記録。

14番(リバプール:2004-2009)

レアルマドリードやバルセロナといったビッグクラブからのオファーがある中、2004年の夏に移籍金1600万ユーロ(約20億円)でラファエル・ベニテス監督(当時)率いるリヴァプールに移籍をします。

移籍1年目の2004-05シーズンからその才能を遺憾なく発揮させパスの技術をメディアや多くのサポーターから賞賛されます。

そしてチャンピオンズリーグの決勝に出場し、ACミラン戦ではPKのこぼれ球を押し込む同点ゴールを挙げチームの逆転優勝に貢献して世界的なプレーメーカーと広く認識されました。

アンフィールドのサポーターから最も愛された選手となり・・・

  • 2008年、ガレスバリー選手獲得のため、アロンソ選手の売却話が浮上、それに激怒したのはリヴァプールのサポーターにより、欧州選手権直後の売却は阻止となりました。
  • 夏に行われたラツィオとのフレンドリーマッチの際には「お気に入りのガレス・バリーをお前の尻の穴につっこんでやればいい」と痛烈にベニテス監督を皮肉。

というエピソードがありました。

2005-06シーズンの自陣から60ヤード強のロングシュートを決めたゴールや2006-07シーズンのニューカッスル戦で70ヤードのロングシュートを記録するなど、BBCから「常軌を逸した」と表現され、インデペンデント紙からはクラブ史に残るゴールの一つと評されました。

2008年1月のミドルズブラとの試合でリヴァプール100試合出場を達成します。

2008-09シーズン、チェルシー戦では決勝ゴールを挙げてチェルシーの過去4年間(86試合)のホーム無敗記録を破るなど中心的存在として活躍し、マンチェスターユナイテッドとの熾烈な優勝争いを演じる原動力となりました。

リバプールでは143に出場し15得点をマーク。

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22番→14番(レアルマドリード:2009-2010→2010-2014)

移籍を直訴し2009年8月に移籍金推定3000万ユーロでレアル・マドリードへ移籍。(背番号は22番)

クリスティアーノロナウド選手やカカ選手、ベンゼマ選手が並ぶ攻撃陣は世界中の視線を集めていた中、シャビアロンソ選手が加入したことで、レドンド選手の退団以来失っていた秩序と支配力とリーダーシップを取り戻しました。

シーズン開幕からチームの心臓となる活躍をみせ、スペインプロリーグ機構の選ぶLFPアワード、最優秀MFにノミネートされました。

副キャプテンのグティ選手がベシクタシュへ移籍したことにより、2010-11シーズンから背番号が14番に変更。

2011-12シーズン、カンプノウでバルセロナに完勝するなどバルセロナの完全支配を打ち砕いて4年ぶりのリーガ制覇に大きく貢献しました。

また2013-14シーズン、カルロ・アンチェロッティ監督時代には12年ぶり10度目のチャンピオンズリーグ優勝(ラ・デシマ)をもたらしました。

レアルマドリードでは158試合に出場し4得点を記録。

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3番→14番(バイエルンミュンヘン:2014-2015→2015-2017)

「新たな挑戦がしたかった」と2014年8月、バイエルンミュンヘンへ完全移籍(2年契約)をします。

レアルマドリードをCL制覇に導いたマエストロが、加入1年目から中盤のコンダクターとして味方に供給した結果、2014-15シーズンのタッチ数はブンデスリーガ全選手中1位を獲得。

ブンデスリーガ創設以来、史上最多の25回目の王者に輝き、4度目の3連覇達成に大きく貢献しました。

2015-16シーズンから背番号を3番から14番に変更。

52試合出場し2得点をマークするなどリーグ4連覇達成に大きく貢献します。

「退屈な優勝争い」と揶揄されるほど、他のクラブの追従を許さないバイエルン1強時代を支え、2017年3月9日、今シーズン限りで現役引退を発表しました。

2017年5月13日のライプツィヒ戦で通算700試合出場を達成。バイエルンでは79試合出場し5得点を記録しています。

現役引退後の2017年9月に指導者の道を歩むことを表明し、現在は古巣レアル・ソシエダBの監督として若手選手を指導しています。

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歴代代表背番号を調査

6番・8番・16番・18番

2003年4月にイニャキ・サエス代表監督(当時)からエクアドルとの親善試合に初招集され先発出場を果たしました。

初招集以降の2003年時は以下の背番号でプレーしています。

  • 6番  2003.09.10 2-1 vsウクライナ
  • 8番  2003.11.19 3-0 vsノルウェー
  • 16番  2003.11.15 2-1 vsノルウェー
  • 18番  2003.10.11 4-0 vsアルメニア

14番

2004年10月に行われました2006FIFAワールドカップ予選(ベルギー戦)から14番となっています。

2006FIFAワールドカップ・EURO2008ではスペイン代表の中盤のポジションにはシャビ選手、イニエスタ選手、セスクファブレガス選手、ダビドシルバ選手ら「クアトロ・フゴーネス」と称される優秀なMFが多くいるためレギュラーを掴めておらずスーパーサブとして活躍していました。

監督がビセンテ・デル・ボスケへ交代してからは、広い視野と展開力を買われ、中盤司令塔のポジションでレギュラーに定着し、2010 FIFAワールドカップにおいても全試合に先発出場。

EURO2012でもすべての試合に先発出場、大会優秀選手の一人に選ばれる活躍で優勝に貢献しました。

2014FIFAワールドカップではグループリーグの3試合に出場し、オランダ戦でPKによるゴールを決めましたがチームは1勝も出来ずグループステージ敗退。

大会後にはクラブに専念するためスペイン代表を引退を表明しました。

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14番にこだわる理由とは?

アヤックスやバルセロナで活躍したヨハンクライフ氏の影響です。

シャビアロンソ選手の少年時代は

「子供の頃、僕たちは(サンセバスチャンの)ホテル・コスタ・バスカ(アウェーチームがよく泊まる)のすぐ近くに住んでいたんだ。それでよくあそこのプールに入り込んで、夏はプールで過ごす事も多かったんだけど。ある時レアル・マドリーが来たんだ。それで僕たち、友達全員とバルサのシャツを着てプールに行ったんだよ。結局追い出されちゃったけど。」

といったバルセロニスタでクライフ信者と言われています。

2016年3月24日、クライフ氏の死去に対して・・・

「あなたの”14″は特別だ」と記し、偉大なるレジェンドの冥福を祈っていました。

また指導者としてインタビューを受けた際には・・・

「ヨハン・クライフが言っていたことだけど、『1番美しいのは、選手としてプレーすること。2番目に美しいのは監督』。私もそう思う。いまは違う形だけど、選手を通じてサッカーを楽しんでいるよ。目標は設定していない。現役のときもそうだったけど、目の前のことを懸命にやってきた。日々、野心的に挑むつもりだけど、楽しみながら進みたい。結果は後からついてくるものさ」

常にクライフ氏を意識しています。

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兄弟についても

2歳上の兄、レアルソシエダで活躍したミケルアロンソ氏がいます。

出典元:footballchannel.jp

プロフィール

本名:ミケル・アロンソ・オラーノ

生年月日:1980年5月16日

出身地:スペイン・バスク地方・トロサ

身長:183cm

体重:75kg(現役時)

ポジション:MF

利き足:右足

バランサーでパス出しもできる選手でレアルソシエダのスカウトの話では・・・

「兄であるミケル・アロンソの方が、スピード、ドリブルテクニックに優れており、ユース年代までは目立っていた。『プロで成功するのは、兄ミケルの方だろう』周囲では、そう言われていた。」

ということでした。

2007年7月にはプレミアリーグ・ボルトンにレンタル移籍しています。(契約は1年間、完全移籍のオプション付き)

しかし、レアルソシエダでプロになったものの、レギュラーポジションを確保できず、カテゴリーも下げ、人知れずスパイクを脱いでいました。

私なりのまとめ

偉大な、どの監督も「監督として大成するだろう」と太鼓判を押されているので、いずれはリバプール・レアルマドリード・バイエルンミュンヘンといったビッグクラブで指揮を執ることは間違いないですね。

今後の展開に期待しましょう。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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