ウィルシャー 歴代の背番号を調査!怪我による離脱日数や試合数に驚愕

こんにちは、抜群のサッカーセンスでイングランドの至宝と言われていました天才・ジャックウィルシャー選手。

しかしファンの期待とは裏腹に負傷が多く、その影響で30歳という若さでの引退には驚きを隠せませんね。

今回はそんなウィルシャー選手についてまとめてみました。

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プロフィール

本名:ジャック・アンドリュー・ガリー・ウィルシャー

愛称:ガラスの天才

生年月日:1992年1月1日

出身地:イングランド スティーブニッジ

身長:172cm

体重:65kg

ポジション:MF(試合を組み立てるゲームメイクが主なポジションです。)

利き足:左足

【プレースタイル】

  • ワンツーや力強いドリブル突破でゲームに緩急をつける。
  • ショートパスで相手を揺さぶり、キラーパスで次々と好機を演出する。
  • 繊細さな技術を持っていますが、あくまでパスが主体でミドルは打たない。
  • フィジカルが強く当たり負けしない。
  • 献身的な守備や球際の激しいタックルも厭わない。
  • 強心臓と呼ばれるメンタルの強さ。
  • 中盤ならどのポジションもハイレベルでこなせる。

歴代の背番号を調査!

アーセナル

9歳からアーセナルFCのアカデミーに所属となりましたが、アカデミー入団のエピソードとして、ウィルシャー選手は当時、ルートン・タウンFCでプレーしており、バーネットFCとの試合で、その時のレフェリーがアーセナルのスカウトだったそうで、その試合後に入団の話を持ち掛けられたということです。

ウィルシャー選手は当時、公園で友人と時間を過ごすことを楽しんでいたようで「正直言ってアーセナルに行きたくなかったんだ」ということでした。

しかし父親から決断を促され、アーセナル加入を決めたそうです。

「父が加入を決断する期限を決めたことをはっきりと覚えている。そして、その最後の日に友だちに“クソ、僕はアーセナルに行くよ”と伝えた。それからは父のおかげだ。4時に仕事を終え、1時間かけて自宅からロンドンまで週に3回送ってくれた」

55番(2008-2009)

2007-08シーズンのリザーブリーグ及びU-18リーグでは、20試合に出場し15得点という結果を残し、FAユース杯でチームに優勝をもたらしました。

2008-09シーズンからトップチームに昇格。

2008年9月、ブラックバーン・ローヴァーズFC戦でクラブ史上最年少(16歳と256日)でのプレミアリーグデビューを果たし、才能の片鱗を見せました。

スローバック:アーロンラムジーとジャックウィルシャーは、エミレーツカップ2008でのアーセナルデビューの準備をしています。

若干16歳の超新星はたちまち話題となり、クラブと長期契約を結びました。

19番(2009-2012)

クラブと長期契約を結ぶも、セスクファブレガス選手、デニウソン選手、ナスリ選手、ウォルコット選手などの活躍もあり、経験を積ませるために2010年1月、ボルトン・ワンダラーズFCへ半年間のレンタル移籍となりました。

その後アーセナルに復帰すると、主力選手へと成長し、大黒柱であったセスクファブレガス選手に勝るとも劣らない活躍を披露しました。

2011-12シーズンにはそれまでチームの司令塔でしたセスクファブレガス選手のバルセロナ移籍や、攻守のキーマンでしたナスリ選手のマンチェスターシティへ移籍など大改革が余儀なくされ、ベンゲル監督のウィルシャー選手への期待はより一層大きなものとなりましたが・・・

怪我の影響でまさかの全試合欠場となり、大きな反響を呼びました。

10番(2012-2018)

2012-13シーズン、未来のリーダーと期待を寄せてファンペルシ選手の移籍で空番号となった10をベンゲル監督から託されます。

2012年10月28日のQPR戦で14カ月ぶりに復帰を果たし、シーズン全体を通して試運転の印象が強かったですが、リーグ戦25試合に出場し完全復活を期待されます。

2013-14シーズン、怪我に悩まされるもリーグ戦24試合に出場し、FAカップを制して9年ぶりとなるタイトル獲得に大きく貢献しました。

2014-15シーズンはフォーメーションの変更やカソルラ選手の台頭により、出場機会が激減(14試合・2得点)。しかしFAカップ連覇への役割を果たしました。

2015-16シーズン、またもや怪我で僅か3試合のみの出場となり、ボーンマスへレンタル移籍となりました。

2017-18シーズンにはアーセナルへ復帰を果たしましたが、かつての圧倒的なプレーは戻らず、ついに背番号10番はベンゲル監督の構想外となります。

そしてシーズン終了後、契約満了によりアーセナル退団となりました。

アーセナルではリーグ戦125試合に出場・7得点を記録しています。

32番(ボルトン:2010)

ボルトンへ移籍すると、オーウェン・コイル監督(当時)のショートパスとハイプレスを主体とする近代的なフットボールを実践する上で重要な選手となり、このシーズンのプレミアリーグ残留と、それまでのチームカラーであったロングボールを放り込む無骨なスタイルから華麗なフットボールへの移行を同時に達成することに大きく貢献しました。

32番(ボーンマス:2016-2017)

2016年8月31日、ボーンマスはウィルシャー選手を1年間のレンタル移籍で獲得したと発表しました。

ニール・ブレイクCEOは・・・

「ジャックはファンタスティックな補強だ。彼の力はまさに本物で、サポーターはボーンマスのユニフォームを着た彼を見て興奮するはずだよ」

と、歓迎のコメントを寄せていました。

ジャック・ウィルシャーがボーンマスでデビューします!

昨(2015-16)シーズンは、昇格1年目ながらテンポのよい攻撃サッカーで強豪クラブとも互角に渡り合い「降格筆頭候補」の下馬評を覆したチームにとって、さらにオーガナイズさせるためにウィルシャー選手は必要と判断したということです。

リーグ戦27試合までは(無得点)とコンスタントに出場していましたが、4月のトッテナム戦で負傷してしまい残り11試合を全休することとなり、またもや飛躍のきっかけとはなりませんでした。

しかしチームは9位(昨シーズンは16位)に躍進しました。

19番(ウェストハム:2018-2020)

2018年7月、ウェストハム・ユナイテッドFCに加入。(3年契約)

名将・マヌエル・ペジェグリーニ氏を監督に迎え、チームも昨シーズンからメンバーを一新させました。

攻撃の要としてウィルシャー選手には期待がかかるもまたしても負傷、シーズン終盤に復帰しましたが、僅か7試合のみの出場となり、ファンから批判の声もありました。

2019-20シーズンも怪我の影響で10試合出場しか出来ず、ついに2020年10月5日、ウェストハムとの契約を解除、退団となりました。

ウェストハムでは16試合に出場し無得点で終わりしました。

11番(ボーンマス:2021)

ウェストハム退団以降は無所属となっていましたが2021年1月、チャンピオンシップ(2部)のボーンマスとシーズン終了までの契約を結びました。

17試合に出場(2得点)し、ケガなくシーズンを過ごしたものの、チームはプレミアリーグ昇格を逃しており、契約延長なく半年で退団となっています。

10番(オーフス:2022)

2022年2月、デンマークのオーフスGFへ加入することが公式発表されました。

昨シーズン終了後にボーンマスを退団したウィルシャー選手は、フリーの状況が続くなか、アーセナルでトレーニングを続け新天地を探していました。

英紙「サン」によりますと、背番号は10で契約期間はシーズン終了までの契約延長オプション付き、週給は5000ポンド(約78万円)です。

新天地での活躍に多くのファンも注目していました。

ジャック・ウィルシャーは彼が好きなことをすることに戻った。再び10番として。

公式戦15試合に出場し3アシストを記録。

しかし、先発出場は7試合に留まるなど契約延長を含めた、去就に関しての話し合いを行っっていましたが、退団という流れになり、2022年7月現役引退を表明しました。

代表の歴代背番号を調査

18番

2010年8月11日に行われましたハンガリーとの親善試合で代表デビューを果たし、2-1の勝利に貢献しました。

この日:2010年、キーランギブスとジャックウィルシャーはハンガリーに2-1で勝利してイングランドデビューを果たしました。

「UEFA EURO 2016」に招集されアイスランド戦(1-2敗戦)に出場しました.。

しかし、プレミアリーグでシーズン中、怪我の影響でわずか141分しか試合に出場していない、ウィルシャー選手の選出には多くのファンから疑問の声があがりました。

ユーロ2016で決勝23人のイングランド代表を作ったジャックウィルシャー、おめでとうございます。

7番

以降はコンスタントに代表に招集され、2014年のFIFAワールドカップに招集され、イタリア戦(1-2敗戦)とコスタリカ戦(0-0引き分け)に出場しました。

「UEFA EURO 2016」予選、スロベニア戦で代表初得点を含む2ゴールを挙げ本大会出場に貢献しました。

以降は怪我のため、代表の試合には出場できていません。(2018年のフレンドリーマッチ(オランダ戦)に招集され、代表復帰を果たしますが、怪我のため離脱しています。)

代表では34試合に出場・2得点を記録しています。

怪我による離脱日数や試合数に驚愕

毎年ウィルシャー選手に怪我のニュースが話題となりますが、ドイツ移籍情報サイト『transfermarkt』のデータ(2008年のデビューから2021年1月現在)によりますと、総離脱日数が1446日・総離脱試合数は208試合ということです。

これまでクラブチームではキャリア通算256試合の公式戦に出場しており、それに匹敵する総離脱試合数と総離脱日数は約4年間ということですからに驚愕してしまいますね。

内訳は以下の通りで、それぞれ負傷箇所・総離脱日数・総離脱試合数です。

○ 足首:569日・102試合

○ 腓骨:359日・48試合

○ 股関節:221日・22試合

○ 膝:136日・6試合

○ かかと:104日・19試合

○ 左足骨:57日・11試合

ちなみに2014年の『Mail Online』によりますと・・・

両足首:112週間

ハムストリングス:4.5週間(2010年1月8日〜2月9日)

病気:2週間(2014年10月26日〜11月9日)

背中:1.5週間(2010年11月14日〜11月23日)

腰:1週間(2013年2月9日〜2月16日)

計:119週間

※2014年10月には足首の負傷と病気を併発

デビューから6年(当時)たっていましたが、プレミアリーグでの出場数は未だに95ということでした。

プレミアリーグの1シーズンの試合数は38試合。仮に6年間をフルシーズンで戦っていればすでに200試合以上に出場している計算になり、その半数近い試合を怪我のため棒に振っていることが分かり、期待しているファンにしたら、悲しい気持ちになりますね。

現在は?

2022年7月11日、アーセナルはジャックウィルシャー氏がU-18チームの監督に就任することを発表しました。

私なりのまとめ

若干30歳での引退に多くのファンは衝撃を受けたと思います。

怪我さえ無ければ・・・と考えてしまいますが、これからの動向にも注目ですね。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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