インテルミラノ 歴代監督まとめ!顔写真付きで紹介

こんにちは、1929年に発足したセリエAで、降格経験のない唯一のクラブ、それが名門・インテルミラノ。

ここまで常にチームを、トップディビジョンで支えて来た要因の一つに、監督の存在は非常に大きいです。

そこで今回は、インテルを率いた監督達を、特に圧倒的強さを誇った2000年以降についてまとめてみました。

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Contents

歴代監督まとめ!

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【熱戦のプレミアリーグ・白熱のラ・リーガ・激戦のセリエA・スター選手に彩られたサウジアラビアリーグがいつでも観られる!】

・絶対王者・マンチェスターシティはじめ若きガナーズが躍動するアーセナル、古豪復活のニューカッスル、新たなサイクルに入ったマンチェスターユナイテッドなど群雄割拠のプレミアリーグ

・4年ぶりのリーグを制して連覇に燃えるバルセロナにイングランドの至宝を手に入れ着実に世代交代を図りタイトル奪還に挑むレアルマドリードとのエル・クラシコなど好カード連発のラ・リーガ

・33年ぶりに優勝したナポリを巡る激闘に次ぐ激闘のセリエA

・オイルマネーでスター選手を爆買いしサッカーの構図を大きく覆したサウジアラビアリーグ

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エクトル クーペル

在任期間:2001年6月22日―2003年10月19日

出典元:ja.wikipedia.org

本名:エクトル・ラウル・クーペル

生年月日:1955年11月16日

出身地:アルゼンチン・サンタフェ州チャバス

選手時代はセンターバックとして活躍し、アルゼンチン代表にも選ばれ5試合に出場しています。

引退後は指導者となり、1997-98シーズンには1部昇格したばかりのマジョルカを優勝争いへと導き、一躍名将の仲間入りを果たしました。

翌シーズンには同じくマジョルカでカップ・ウィナーズ・カップ(現在はUEFA杯と統合)準優勝を果たし、欧州にもその名をとどろかせました。

1999-00シーズンからはバレンシアの監督に就任。

2シーズン連続でチャンピオンズリーグ準優勝と華々しい成績を収めますが、この頃から「シルバーコレクター」や「永遠の敗者」というニックネームで呼ばれるようになります。

2001年には低迷していたイタリア・セリエAのインテル監督に就任。

インテル初年度の2001-02シーズンに最終節に勝てばリーグ優勝という状況までこぎつけながら敗退。リーグ3位で終わり、タイトルを逃したことでますますニックネームで呼ばれることに。

2002-03シーズンもリーグ2位でした。

当時のインテルは1989-90シーズン以来、15年近くもイタリアの頂点に立てておらず、勝負弱さで知られるクラブと揶揄されていました。

それまで通算13回のリーグ優勝(歴代3位)を誇る世界屈指の名門でしたが、2003-04シーズンは6節終了時に8位と低迷。

ついに成績不振でクーペル監督は解任となりました。

  • 2001-02 リーグ 3位・コッパイタリア ベスト16・UEFAカップ ベスト4
  • 2002-03 リーグ 2位・コッパイタリア ベスト16・チャンピオンズリーグ ベスト4

アルベルト ザッケローニ

在任期間:2003年10月22日―2004年5月

出典元:ja.wikipedia.org

愛称:ザック

生年月日:1953年4月1日

出身地:イタリア・エミリア=ロマーニャ州チェゼナーティコ

16歳の春にバイクに乗っていて重度の肺の病気を患い選手生命を頓挫させてしまいます。

そして、実家のペンションを手伝い、 保険代理店業などを営みながら、サッカーの情熱を失わずに8~10歳の下部組織の監督に辿り着きました。

その後、プロ監督の受験資格を得られないなどの苦難を経ながら、ウディネーゼで好成績を残し、ACミランで優勝。

2003年10月22日、解雇はされたクーペル監督の後を継いでインテルの新監督に就任しました。

ザッケローニ監督は、基本となっていたシステム4-4-2から3-4-3に戦術変更させ、クーペル時代の煮え切らないリアクションサッカーから、相手に関わらず積極的に主導権を取りに行くアグレッシブなサッカーへ転換。

チームは勢いを取り戻し無敗で快進撃を続けました。

しかし、チャンピオンズリーグはホームのアーセナル戦で1-5の大敗を喫するなどグループステージで早々に敗退。

最終的にリーグ戦を4位で終わり、翌シーズンのチャンピオンズリーグ出場権は確保したものの、モラッティ会長の信頼を得られずシーズン終了後に辞任となりました。

・2003-04 リーグ 4位・コッパイタリア ベスト4・UEFAカップ ベスト8

ロベルト マンチーニ

在任期間:2004年7月7日―2008年5月29日・2014年11月14日―2016年8月8日

出典元:ja.wikipedia.org

愛称:マンチョ

生年月日:1964年11月27日

出身地:イタリア・マルケ州アンコーナ県イェージ

選手時代はサンプドリアでスクデットを獲得するなど黄金時代を築きました。1997年にラツィオに移籍すると、1999-00シーズンにはスクデットを獲得し、現役を引退。(2001年1月にレスターシティのオファーに応じ現役復帰を果たし4試合に出場するも、1か月で退団しそのまま引退。)

2001年2月にフィオレンティーナの監督に、2002年からはラツィオで監督を務め、2004-05シーズンからインテルの監督に就任。

2005-06シーズンから2007-08シーズンまでセリエA3連覇を達成させインテル復権を果たします。

しかし、チャンピオンズリーグでは豊富な戦力を擁すもののベスト8の壁を破れず、2007-08シーズン終了後に解任となりました。

2014年11月、成績不振を受けて監督を解任したインテルに6年ぶりに復帰。

数々の タイトルを獲得した第一次マンチーニ政権の再現を期すも、2014-15シーズンは8位。

2015-16シーズンには49年ぶりとなる開幕5連勝を達成し、首位を快走していましたが、シーズン中盤戦には4試合未勝利に陥るなど徐々に失速し最終的に4位でシーズンを終えました。

シーズン終了後には中国企業がインテルを買収した影響もあり、2016年8月8日に双方合意の下で退任が決定しました。

  • 2004-05 リーグ 3位・コッパイタリア 優勝・チャンピオンズリーグ ベスト8
  • 2005-06 リーグ 優勝・コッパイタリア 優勝・チャンピオンズリーグ ベスト8
  • 2006-07 リーグ 優勝・コッパイタリア 準優勝・チャンピオンズリーグ ベスト16
  • 2007-08 リーグ 優勝・コッパイタリア 準優勝・チャンピオンズリーグ ベスト16
  • 2014-15 リーグ 8位・コッパイタリア ベスト8・ヨーロッパリーグ ベスト16
  • 2015-16 リーグ 4位・コッパイタリア ベスト4

インテル(2004-2008)の4年間のコーチとして、ロベルト・マンチーニは7つのタイトルを獲得しました(3スクデッティ、2スーパーコッパ、2コッパイタリア)

ロベルト・マンチーニは、2008年に去ったインテルミラノのベンチに戻ってきました。

インテルミラノはマネージャーのロベルトマンチーニを解任しました

ジョゼ モウリーニョ

在任期間:2008年6月2日―2010年5月28日

出典元:ja.wikipedia.org

本名:ジョゼ・マリオ・ドス・サントス・モウリーニョ・フェリックス

愛称:Special One

生年月日:1963年1月26日

出身地:ポルトガル・セトゥーバル

選手時代は無名でしたが、通訳から監督として独り立ちすると、ベンフィカ、レイリアといった母国のクラブでキャリアを積み、2002年にポルトの監督に就任。

2003-04シーズンには欧州CL優勝を果たし、一躍脚光を浴び、チェルシーを経て2008年6月2日、解任されたマンチーニ監督の後任としてインテル監督就任しました。

緻密な戦術と絶大な求心力を発揮させ、2008-09シーズンは就任3ヶ月でスーペルコッパ・イタリアーナを制すると、リーグでも優勝を果たし二冠を達成。

2009-10シーズンはチェルシー、CSKAモスクワ、バルセロナ、そしてバイエルンミュンヘンといった各国の強豪を破り45年ぶりのチャンピオンズリーグ優勝を獲得。

さらにセリエA、コッパイタリアも制し、イタリア史上初の三冠に導いた監督として多くのファンを熱狂させました。

2010年のFIFA最優秀監督賞を受賞すると、実質レアルマドリードに引き抜かれる形で、2010年5月28日にモラッティとペレス両会長の直接会談により退団となりました。

  • 2008-09 リーグ 優勝・コッパイタリア ベスト4・チャンピオンズリーグ ベスト16
  • 2009-10 リーグ 優勝・コッパイタリア 優勝・チャンピオンズリーグ 優勝

お誕生日おめでとうジョゼ・モウリーニョ!

あなたをマネージャーとして、インテルが世界を支配するのを目撃しました!

ラファエル ベニテス

在任期間:2010年6月8日―2010年12月23日

出典元:ja.wikipedia.org

本名:ラファエル・ベニテス・マウデス

愛称:ラファ、ラファリューション

生年月日:1960年4月16日

出身地:スペイン・マドリード

現役時代は無名でしたが、指導者としてバリャドリードやオサスナ、テネリフェといった中小クラブで実績を積み重ねると、2001-02シーズンに就任したバレンシアではいきなり国内リーグを制覇し一躍注目される存在に。

そして2003-04シーズンには国内リーグとUEFA杯の2冠を達成すると、2004-05シーズンからはリバプールの監督に就任。

就任初年度にUEFAチャンピオンズリーグ優勝。2006年にはFAカップ優勝を果たし、2007年にはUEFAチャンピオンズリーグ準優勝と、国内外のカップ戦に強く、カップ戦のスペシャリストとの異名も。

結局、退任までにプレミアリーグのタイトルを獲得することはできず、2010年6月に成績不振を理由に解任。

直後の6月にインテルの監督となりますが、スーペルコッパとFIFAクラブワールドカップのタイトルを獲得したものの、セリエAでは11月のブレシア戦後、4試合未勝利など不調に陥り、最終的にモラッティ会長との不和などから、就任から半年足らずの12月23日にクラブと双方合意の上で契約解除となりました。

レオナルド

在任期間:2010年12月24日―2011年6月18日

出典元:ja.wikipedia.org

本名:レオナルド・ナシメント・ジ・アラウージョ

愛称:レオ

生年月日:1969年9月5日

出身地:ブラジル・リオデジャネイロ州ニテロイ

選手時代はフラメンゴ、鹿島アントラーズ、ACミランなどでプレー。ブラジル代表の一員として、1994年、1998年と2度のワールドカップに出場し、優勝と準優勝を1度ずつ経験。

現役引退後はACミランに籍を残し、副会長補佐やスカウト、エージェントなど現場の裏方として活躍。2009年にはACミランの監督として現場復帰を果たすも、1シーズン限りでの監督を退任。

2010年12月にはシーズン途中で解任されたベニテス監督の後任としてインテルの監督に就任します。

モウリーニョ時代を彷彿とさせるソリッドでダイナミックなチームに戻り、リーグ2位・イタリア杯優勝という最終成績を残しました。

2011-12シーズンも引き続きチームの指揮を執るはずでしたが、インテル監督の座を半年で放り出し、パリサンジェルマンのスポーツディレクター(実質ほぼ会長代行)へと華麗な転身を図りました。

・2010-11 リーグ 2位・コッパイタリア 優勝・チャンピオンズリーグ ベスト8

インテルミラノ
レオナルド・アラウホが2010年に新しいマネージャーに任命されました

ジャン ピエロ ガスペリーニ

在任期間:2011年6月24日―2011年9月21日

出典元:ja.wikipedia.org

生年月日:1958年1月26日

出身地:イタリア・ピエモンテ州トリノ県グルリアスコ

選手時代はユベントスの下部組織出身でパレルモやペスカーラで活躍。引退後は9年間にわたってユベントスの下部組織で若手の育成に努めます。

2003年クロトーネを経て、2006年ジェノア監督となり、当時2部のチームをセリエA昇格に導き一躍有名になりました。

3-4-3システムを標榜し、連動性の高い組織を構築する手腕が買われて2011年6月にインテルの監督に就任。

しかしながら公式戦5試合で4敗1分と成績は全く振るわず、ノヴァーラ戦に敗れた後の9月21日に解任されました。

クラウディオ ラニエリ

在任期間:2011年9月22日―2012年3月26日

出典元:ja.wikipedia.org

愛称:アッジュスタトーレ (修理屋)

生年月日:1951年10月20日

出身地:イタリア・ローマ

現役時代はDFとしてローマやカターニア、パレルモなどでプレー。

1986年に現役を引退すると、1988年から監督を務めたカリアリをセリエC1からセリエAまで引き上げ、1991年にナポリの監督に就任。

その後フィオレンティーナ、バレンシア、アトレティコマドリー、チェルシ―、パルマ、ユベントス、ローマと数々のクラブを指揮してきました。

2011年9月、成績不振で解任されたガスペリーニ前監督の後を受け、インテルの監督に就任します。

7連勝を挙げるなど一時は好調でしたが、2012年1月末から9戦勝ちなし、チャンピオンズリーグもベスト16で敗退と低迷してしまいます。

2012年3月、ユベントスに0-2で敗れ、成績不振のため解任となりました。

アンドレア ストラマッチョーニ

在任期間:2011年3月26日―2013年5月24日

出典元:ja.wikipedia.org

生年月日:1976年1月9日

出身地:イタリア・ローマ

選手時代のポジションはディフェンダーで、セリエC(3部)時代のボローニャでプレー。負傷(右膝半月板と靱帯に大ケガを負い)により現役引退を余儀なくされました。

指導者に転向した後、アマチュアチームやASローマなどのユースチームで指導者を務め、2011年にインテルユースチームの監督に就任。

2011年3月、成績不振により解任されたラニエリ前監督の後任として、トップチームの監督に電撃的に昇格しました。

就任後の9試合で5勝2分け2敗とチームの建て直しに成功すると、翌年のUEFAヨーロッパリーグ出場権を獲得。

モラッティ会長がミラノダービーでの勝利を評価したこともあり、シーズン終了後に契約を更新し、2015年までの3年契約を結びました。

2012-13シーズン、序盤はユヴェントスの無敗記録を49で止めるなど順調でしたが、負傷者続出などもあり最終順位は9位という成績に終わり、15シーズンで初めてヨーロッパへの出場権を獲得できなかったこともあり、シーズン終了後の解任が決定しました。

  • 2011-12 リーグ 6位・コッパイタリア ベスト8・チャンピオンズリーグ ベスト16
  • 2012-13 リーグ 9位・コッパイタリア ベスト4・ヨーロッパリーグ ベスト16

ニュース速報:インテルミラノはマネージャーのアンドレア・ストラマッチョーニを解任しました。確認済み

ワルテル マッツァーリ

在任期間:2013年5月24日―2014年11月14日

出典元:ja.wikipedia.org

生年月日:1961年10月1日

出身地:イタリア・トスカーナ州リヴォルノ県サンヴィンチェンツォ

フィオレンティーナの下部組織出身で現役時代はエンポリなどのチームを転々としながら主にセリエBのカテゴリーでプレー。

引退後、コーチ経験を積み監督へ。2003-04シーズンに、セリエBに所属していたリヴォルノをセリエAに昇格させたことが評価され、レッジーナ、サンプドリア、ナポリなどを指揮してきました。

監督として10年以上のキャリアで解任されたことがなく、ナポリを強豪に育て上げた手腕を買われ2013年5月24日、ストラマッチョーニ監督の後任としてインテル監督に就任。

昨シーズン、リーグ9位に終わったクラブを引き継いだ2013-14シーズンはリーグ5位に押し上げ、ヨーロッパリーグのプレーオフ出場権を獲得し、まずまずの評価を得ました。

クラブとの契約延長が発表されましたが、2014-15シーズンはリーグ第11節終了時点で9位に低迷。2014年11月、成績不振で解任が発表されました。

・2012-13 リーグ 5位・コッパイタリア ベスト16

ワルテルマッツァーリはインテルミラノのマネージャーとして解任されました。

フランク デ ブール

在任期間:2016年8月9日―2016年11月1日

出典元:ja.wikipedia.org

本名:フランシスクス・デ・ブール

愛称:Frank

生年月日:1970年5月15日

出身地:オランダ・北ホラント州ホールン

選手時代は、アヤックスとバルセロナで活躍したセンターバックでオランダ代表歴は112試合。

2005年の引退後は代表助監督を経てアヤックスの監督に。就任1年目の2010-11シーズンから4連覇を成し遂げ、2016年8月、退任したマンチーニ前監督の後任として、インテルの監督に就任。

中国の蘇寧(Suning)グループがオーナーとなり、開幕前は3位以内に入って2012年以来となるチャンピオンズリーグ復帰が期待されていましたが、選手との不仲でシーズン序盤から5戦4敗と低迷したことで、デブール監督は就任わずか85日で解任となりました。

ステファノ ピオリ

在任期間:2016年11月8日―2017年5月9日

出典元:ja.wikipedia.org

生年月日:1965年10月19日

出身地:イタリア・エミリア=ロマーニャ州パルマ

選手時代はDFとしてユヴェントスやフィオレンティーナなどで活躍。引退後は監督として、パルマ、キエーヴォ、パレルモ、ボローニャ、ラツィオなどを指揮してきました。

2016年11月、開幕後2か月で指揮官の座を追われたフランクデブール氏の後任でインテルの監督に就任。

デブール監督時代にはリーグ戦で13位まで低迷していたチームを一時は4位まで押し上げ、リーグ戦7連勝を記録したものの、シーズン終盤戦には7試合未勝利の不調に陥りました。

来季の欧州チャンピオンズリーグ出場権の獲得が至上命令となっていましたが、ヨーロッパリーグの出場権すらも厳しい状況となり、2017年5月9日にインテルは、シーズン終了まで3試合を残してステファノピオリ監督およびスタッフを解任したと発表しました。

ステファノピオリはインテルミラノのマネージャーとして解任されました。

ステファノ ヴェッキ

在任期間:2017年5月9日―2017年5月28日

出典元:www.inter.it

生年月日:1971年7月20日

出身地:イタリア・ベルガモ

インテルミラノの下部組織出身で、ポジションは中盤でプレー。ブレシェッロやSPALといったセリエCのチームで活躍し2005年に現役引退。

アマチュアリーグからコーチのキャリアを始め、SPALやカルピで実績を積んでいくと、2014年にはインテルのプリマベーラ(19歳以下)のコーチに就任します。

アグレッシブとダイナミックなサッカーをチームに植え付けると、2015年にヴィアレッジョ・カップで優勝し、2015-16シーズンにプリマヴェーラTIMカップでタイトルを獲得。

そして2016-17シーズンにはスクデット獲得。

その手腕が評価され、ピオリ監督解雇で生じた暫定監督となり、シーズン残り3試合を指揮することになりました。

2017-18シーズンはプリマベーラ監督に戻り、2年連続となるスクデットを獲得、70回目のヴィアレッジョカップ優勝、初のスーペルコッパ・プリマヴェーラ優勝を果たし、三冠という素晴らしい成績を収め、2018年6月にインテルから退団となりました。

・2016-17 リーグ 7位・コッパイタリア ベスト8・ヨーロッパリーグ GL敗退

インターケアテイカーマネージャーのステファノ・ヴェッキ:「私は信念を持っています。私たちは選手たちの才能に頼っていて、彼らからそれを引き出すことを望んでいます。」

ルチアーノ スパレッティ

在任期間:2017年6月6日―2019年5月30日

出典元:ja.wikipedia.org

生年月日:1959年3月7日

出身地:イタリア・トスカーナ州フィレンツェ県チェルタルド

選手時代のポジションは守備的中盤。スペンツィアやエンポリといったセリエCのチームでプレー。

1995-96シーズンに古巣のエンポリで監督としてのキャリアをスタートさせると、2004-05シーズンにはウディネーゼを史上初のCL出場に導きました。

2005-06シーズンからローマの監督に就任し、「ゼロトップ」という戦術でチャンピオンズリーグ2季連続で準々決勝に進出するなど、国際舞台で結果を出し一躍脚光を浴びます。

その後ロシアのゼニトを指揮し、2度のリーグ制覇を達成。2017年6月にインテルの指揮官に就任。

複数のシステムを対戦相手や状況に応じて巧みに使い分け、2017-18シーズンにリーグ戦4位でチームを7季ぶりのCL出場に導きました。

この結果が評価され2018年8月にはクラブと会談し、2019年6月から2021年までの契約延長を結びました。

しかし2年目となった2018-19シーズンも、し烈な争いの末に4位の座を守りましたが、アントニオコンテ氏招聘に伴い退団が決定となりました。

  • 2017-18 リーグ 4位・コッパイタリア ベスト8
  • 2018-19 リーグ 4位・コッパイタリア ベスト8・ヨーロッパリーグ ベスト16

契約完了:インテルミラノは、2年間の契約でルチアーノスパレッティを新しいマネージャーに任命しました。

アントニオ コンテ

在任期間:2019年5月31日―2021年5月25日

出典元:ja.wikipedia.org

生年月日:1969年7月31日

出身地:イタリア・プッリャ州レッチェ

選手時代はレッチェやユベントスでプレー。抜群のキャプテンシーでチームを引っ張り、スクデット制覇やチャンピオンズリーグ優勝と数々の勲章を手に入れました。

またイタリア代表としても1994年のアメリカW杯、2000年のEUROに出場。いずれも準優勝に貢献しました。

2004年の現役引退後はセリエBのアレッツォで監督のキャリアをスタートさせ、バリ、アタランタ、シエナで実績を積み、2011-12シーズンからユベントスを指揮するとセリエAの3連覇など数々のタイトルをもたらしました。

2016年7月(2018年7月まで)からチェルシーを率いてプレミア制覇といった優勝請負人として広く認知されるようになり、2019年5月にインテル指揮官として招聘されました。

戦術マニアといった側面もあり、緻密な戦術と強靭なメンタルでチームを牽引し、就任1年目からチームは3冠時代以来となる勝ち点82を記録し、最終的に王者ユベントスに勝ち点1差まで迫りました。

2020-21シーズン、ユヴェントスの連覇を9で止め、10年ぶりとなります悲願のスクデットを達成させましたが、しかしシーズン終了後に経営陣との対立が表面化し、2021年5月25日に監督を辞任することが発表されました。

  • 2019-20 リーグ 2位・コッパイタリア ベスト4・ヨーロッパリーグ 準優勝
  • 2020-21 リーグ 優勝・コッパイタリア ベスト4・チャンピオンズリーグ GS敗退

アントニオコンテクラブによる最後の3つの作品:

-インテルミラノ(2019-2021)-

102ゲーム
62勝
23引き分け
15敗

214得点(2.10)
失点102ゴール(1.00)

進入禁止 35枚

勝率 68.3%

チャンピオン セリエA

シモーネ インザーギ

在任期間:2021年6月3日―

出典元:ja.wikipedia.org

生年月日:1976年4月5日

出身地:イタリア・エミリア=ロマーニャ州ピアチェンツァ

選手時代にピアチェンツァやラツィオなどで活躍し、特にラツィオでは1999-00シーズンのセリエAとコッパ・イタリアの優勝に貢献。

2010年の引退後はラツィオの下部組織で監督を歴任。2016年4月からシーズン終了までトップチームを暫定的に率いていましたが、夏に就任したマルセロビエルサ監督がわずか2日で辞任したため、2016年7月に正指揮官として再就任しました。

それから5シーズンにわたり公式戦249試合で指揮すると、2018-19シーズンには6年ぶりのコッパ・イタリア制覇に導き、2020-21シーズンは13年ぶりのチャンピオンズリーグ本戦出場も果たしていました。

その手腕が認められ2021年6月、インテル監督に就任しています。

公式:インテルミラノは、アントニオコンテの後任として、シモーネインザーギを新しいマネージャーに任命しました。

インザーギはラツィオで5年間でコッパイタリアと2つのスーパーコッパイタリアーナを獲得しました

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私なりのまとめ

2000年代は圧倒的強さの時代、2010年代は混迷・低迷期といった背景を見ますと、監督の就任期間に比例しているように感じます。

特に2016-17シーズンは、監督が2人解任という異常事態を見ますと、選手も混乱して試合に集中することすらままならかったと思います。

2021年のスクデット獲得でまた、強さの時代が戻ってくるのか?それは現監督の手腕にかかっていることでしょう。

インザーギ監督に期待しましょう。最後まで読んでいただきありがとうございました。

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