リバプール 歴代監督まとめ!顔写真付きで紹介

こんにちは、今や世界で最も強いチームの一つと言われています名門・リバプール。

やはり、ここまでチームを進化させて来た要因の一つに、監督の存在は非常に大きいです。

そこで今回は、リバプールを率いた監督達(1990年代以降)についてまとめてみました。

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歴代監督まとめ!

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・4年ぶりのリーグを制して連覇に燃えるバルセロナにイングランドの至宝を手に入れ着実に世代交代を図りタイトル奪還に挑むレアルマドリードとのエル・クラシコなど好カード連発のラ・リーガ

・33年ぶりに優勝したナポリを巡る激闘に次ぐ激闘のセリエA

・オイルマネーでスター選手を爆買いしサッカーの構図を大きく覆したサウジアラビアリーグ

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ロニー モラン

在任期間:1991年2月22日―1991年4月16日

出典元:www.wikifame.org

生年月日:1934年2月28日

忌日:2017年3月22日(享年83歳)

出身地:イギリス・リバプール

現役時代に1952年から1966年にリバプールで活躍し、379試合の出場を記録。

1959–60シーズンにはキャプテンを務め、引退後に監督としてチームを2度率いています。まだこの年はプレミアリーグ(1992年発足)前身のフットボールリーグ最後の時代です。

1991年、1992年と2度にわたり監督としてリバプールを指揮し1992年にはFAカップ決勝までチームを導いています。

ちなみに1992年4月にグレアム・スーネス監督(当時)が心臓手術を受けたため、暫定監督として指揮していました。

ロニー・モランが亡くなってから今日で4年になります。

レッズが優勝したとき、49年間プレーヤーとコーチとしてクラブを務めた真のリバプールの伝説:

グレアム スーネス

在任期間:1991年4月16日―1994年1月28日

出典元:ja.wikipedia.org

本名:グレアム・ジェームズ・スーネス

生年月日:1953年5月6日

出身地:スコットランド・エディンバラ

現役時代に1978年から1984年にリバプールで活躍し、5度のリーグ制覇、3度のチャンピオンズカップ優勝などのタイトル獲得に貢献しました。

リヴァプール通算では359試合55ゴールの成績を残し、1991年4月からリバプールの監督となりました。

1992-93 リーグ 6位・FAカップ 3回戦敗退・EFLカップ 4回戦敗退・FAコミュニティシールド 準優勝・UEFAカップウィナーズカップ 2回戦敗退。

1993-94シーズンが始まるもチームは低迷、1月には成績不振のため辞任となりました。

ちなみにリヴァプールの監督時代には心臓バイパス手術を3回にわたって受け、今なお薬物治療を続けていました。

グレアム・スーネスの最初のトレーニングセッションの1991年4月からのメルウッドの映像#LFCマネジャー。

ロイ エヴァンス

在任期間:1994年1月28日―1998年11月11日

出典元:en.wikipedia.org

本名:ロイ・クエンティン・エクリン・エヴァンス

生年月日:1948年10月4日

出身地:イギリス・ブートル

1965年から1974年までディフェンダーとして活躍しリバプール一筋で選手生活を終えました。

引退後は指導者の道を歩み、1994年1月からリバプールの監督に就任。

  • 1993-94 リーグ 8位・FAカップ 3回戦敗退・EFLカップ 4回戦敗退
  • 1994-95 リーグ 4位・FAカップ 準々決勝敗退・EFLカップ 優勝
  • 1995-96 リーグ 3位・FAカップ 準優勝・EFLカップ 4回戦敗退・UEFAカップ 2回戦敗退
  • 1996-97 リーグ 4位・FAカップ 4回戦敗退・EFLカップ 5回戦敗退・UEFAカップウィナーズカップ ベスト4

という成績を残し、1997-98シーズンは次期監督となるジェラールウリエ氏と共同でチームを指揮しますが、上手くいかず11月に辞任。

残りのシーズンはウリエ監督単独で指揮を執りました。

元リバプールの選手兼監督、ロイ・エヴァンスの73歳の誕生日おめでとうパーティーフェイス

237ゲーム
1994/95

ロイ、あなたの一日を楽しんでください!

ジェラール ウリエ

在任期間:1998年11月12日―2004年6月30日

出典元:ja.wikipedia.org

本名:ジェラール・ポール・フランシス・ウリエ

生年月日:1947年9月3日

忌日:2020年12月14日(享年73歳)

出身地:フランス・テルアンヌ

英語の教師からサッカー指導者へと異色の経歴を持ち、1982年、RCランスの監督に就任してUEFAカップ出場へと導き、パリサンジェルマンでは1985-86シーズンにリーグ優勝を果たしています。

1988年にはフランス代表の強化責任者としてフランス協会に入りワールドカップ優勝に大きく貢献しました。

1998年7月、エヴァンス監督とともに共同でチームを指揮しますが、11月のトッテナムに1-3で敗退したことでエヴァンス監督が辞任。

それ以降ウリエ監督が単独でチームを立て直します。

  • 1997-98 リーグ 3位・FAカップ 3回戦敗退・EFLカップ 準決勝敗退・UEFAカップ 2回戦敗退
  • 1998-99 リーグ 7位・FAカップ 4回戦敗退・EFLカップ 4回戦敗退・UEFAカップ 3回戦敗退
  • 1999-00 リーグ 4位・FAカップ 4回戦敗退・EFLカップ 3回戦敗退
  • 2000-01 リーグ 3位・FAカップ 優勝・EFLカップ 優勝・UEFAカップ 優勝
  • 2001-02 リーグ 2位・FAカップ 4回戦敗退・EFLカップ 3回戦敗退・FAコミュニティシールド 優勝・UEFAチャンピオンズリーグ ベスト8・2001 UEFAスーパーカップ 優勝
  • 2002-03 リーグ 5位・FAカップ 4回戦敗退・EFLカップ 優勝・FAコミュニティシールド 準優勝・UEFAチャンピオンズリーグ GL敗退
  • 2003-04 リーグ 4位・FAカップ 5回戦敗退・EFLカップ 4回戦敗退

という成績を残し、2001年にはFAカップ、ワージントンカップ、UEFAカップを制しカップ・トレブル(3冠)を達成。

また2001-02シーズンに関しては2001年10月、心臓の痛みを訴え緊急入院しており、その際にはアシスタントコーチのフィルトンプソン氏が暫定監督をしていました。

4ヶ月間の療養を経て現場に復帰したときには、リヴァプールの本拠地アンフィールドのファンから拍手で迎えられました。

2003-04シーズンはリーグ4位に終わり退団となりました。

1998年のこの日、ジェラール・ウリエはリバプールの共同マネージャーになりました。 4か月後、彼は単独で責任を負い、UEFAカップ、FAカップ、2つのリーグカップ、およびUEFAスーパーカップに私たちを導きました。

オールレッズは彼がクラブのためにしたすべてに永遠に感謝するでしょう

ラファエル ベニテス

在籍期間:2004年7月1日―2010年6月3日

出典元:ja.wikipedia.org

本名:ラファエル・ベニテス・マウデス

愛称:ラファ、ラファリューション

生年月日:1960年4月16日

出身地:スペイン・マドリード

現役時代は無名でしたが、指導者としてバリャドリードやオサスナ、テネリフェといった中小クラブで実績を積み重ねると、2001-02シーズンに就任したバレンシアではいきなり国内リーグを制覇し一躍注目される存在に。

そして2003-04シーズンには国内リーグとUEFA杯の2冠を達成すると、2004-05シーズンからはリバプールの監督に就任。

就任初年度にUEFAチャンピオンズリーグ優勝。2006年にはFAカップ優勝を果たし、2007年にはUEFAチャンピオンズリーグ準優勝と、国内外のカップ戦に強く、カップ戦のスペシャリストとの異名も。

結局、退任までにプレミアリーグのタイトルを獲得することはできませんでした。

  • 2004-05 リーグ 5位・FAカップ 3回戦敗退・EFLカップ 準優勝・チャンピオンズリーグ 優勝
  • 2005-06 リーグ 3位・FAカップ 優勝・EFLカップ 3回戦敗退・チャンピオンズリーグ ベスト16
  • 2006-07 リーグ 3位・FAカップ 3回戦敗退・EFLカップ ベスト8・チャンピオンズリーグ 準優勝
  • 2007-08 リーグ 4位・FAカップ 5回戦敗退・EFLカップ ベスト8・チャンピオンズリーグ ベスト4
  • 2008-09 リーグ 2位・FAカップ 4回戦敗退・EFLカップ 4回戦敗退・チャンピオンズリーグ ベスト8
  • 2009-10 リーグ 7位・FAカップ 3回戦敗退・EFLカップ 4回戦敗退・ヨーロッパリーグ ベスト4

この日

14年前、ラファエルベニテスは新しいリバプールマネージャーになりました。

彼の最初の2シーズンで、ラファはチャンピオンズリーグとFAカップで優勝し、リバプールの歴史と心に身を置きました。

ロイ ホジソン

在籍期間:2010年7月1日―2011年7月1日

出典元:ja.wikipedia.org

生年月日:1947年8月9日

出身地:イギリス・ロンドン・クロイドン区

スウェーデンで指導者のキャリアを始め、1994年アメリカW杯ではスイス代表を指揮。その後、1995年から97年までインテルの監督を務めるなど、英国ではなく異国でキャリアを重ねた異色の指揮官として注目されました。

2007年からはフルハムの監督を務め、2009-10シーズンにはヨーロッパリーグ決勝に導き、イングランドの監督が選ぶ年間最優秀監督を受賞。

2010年7月、ベニテス監督退任後のリバプールに引き抜かれ、監督就任しますが、クラブは2桁順位に沈み、2011年1月8日に解任されました。

この日:2010年、ロイ・ホジソンがリバプールの新しいマネージャーに任命されました。

これが彼の署名のリストです:

-ラウル・メイレレス
-クリスティアン・ポウルセン
-ポール・コンチェスキー
-ブラッドジョーンズ
-ダニーウィルソン
-ジョンジョシェルヴェイ
-ジョー・コール

ピークバンター時代!

ケニー ダルグリッシュ

在籍期間:2011年1月8日―2012年5月16日

出典元:ja.wikipedia.org

本名:ケネス・マティソン・ダルグリッシュ

愛称:ケニー、キング・ケニー

生年月日:1951年3月4日

出身地:スコットランド・グラスゴー

選手時代にはセルティックとリバプールで活躍し、スコットランド最優秀選手、イングランド年間最優秀選手賞を、それぞれ受賞した伝説のストライカー。

監督としては、リヴァプールのプレーイングマネージャーとしてだけではなく、引退後はブラックバーンの監督として低迷していたチームを見事に立て直し、1994-95シーズンには85年ぶりのリーグ優勝に導いています。

2010-11シーズンには、低迷する古巣リヴァプールの再生のため、シーズン途中で監督に就任。

バラバラであったチームを立て直し最終的に6位にまで押し上げました。

2010-11シーズン終了までの契約でしたが、その手腕は高く評価され、2014年までの3年契約を締結。

2011-12シーズンはカーリングカップ優勝、FAカップ準優勝とカップ戦では結果を残したものの、リーグ戦では8位に低迷。

3シーズン連続でUEFAチャンピオンズリーグ出場権を得られず、シーズン終了後の2012年5月に解任されました。

  • 2010-11 リーグ 6位・FAカップ 3回戦敗退・EFLカップ 3回戦敗退・ヨーロッパリーグ ベスト16
  • 2011-12 リーグ 8位・FAカップ 準優勝・EFLカップ 優勝

ケニー・マシソン・ダルグリッシュ卿
10.8.1977にリバプールに加入
355試合をプレーして118ゴールを記録
マネージドリバプール1985-91および2011-12
プレーヤーが6つのリーグタイトル、1つのFAカップ、4つのリーグカップ、3つのヨーロッパカップを獲得したとき
マネージャーとして-3つのリーグタイトル、3つのFAカップ、1つのリーグカップ

ブレンダン ロジャーズ

在任期間:2012年6月1日―2015年10月4日

出典元:ja.wikipedia.org

生年月日:1973年1月26日

出身地:北アイルランド・カーンロウ

選手時代はレディングFCでディフェンダーとして活躍。引退後はモウリーニョ監督時代のチェルシーでリザーブチームの監督を務め、ワトフォード、レディング、スウォンジーの監督を経て、2012年6月にリヴァプール監督に就任しました。

スウォンジー時代から愛用する4-3-3をベースに、全選手が流動的に動いてパスをつなぐポゼッション志向を徹底し、守備は敵陣からのハイプレスが基本、全選手にパス能力と運動量、規律を求めるサッカーを展開。

就任2年目にはチームを2位に躍進させ、チャンピオンズリーグに復帰させるなど評価を高めましたが、2015–16シーズン開幕からチームは不調に陥り、一時10位に低迷するなど解任論が浮上。

2015年10月4日、正式に解任となりました。

今現在はレスターシティの監督を務めています。

  • 2012-13 リーグ 7位・FAカップ 4回戦敗退・EFLカップ ベスト16・ヨーロッパリーグ ベスト32
  • 2013-14 リーグ 2位・FAカップ ベスト16・EFLカップ 3回戦敗退
  • 2014-15 リーグ 6位・FAカップ ベスト4・EFLカップ ベスト4・ヨーロッパリーグ ベスト32

この日、2012年6月1日、ブレンダン・ロジャーズがリバプールのマネージャーに任命されました。

彼は第1シーズンを担当し、その後、リーグで2位に迫った素晴らしい第2キャンペーンが続き、残念な第3シーズンが続きました。彼は166試合で86勝に導いてくれました

ユルゲン クロップ

在任期間:2015年10月8日―

出典元:ja.wikipedia.org

本名:ユルゲン・ノルベルト・クロップ

愛称:Normal One

生年月日:1967年6月16日

出身地:西ドイツ・シュトゥットガルト

選手時代はマインツでプレーしフォワード、ディフェンダーとして活躍。

引退後はすぐに当時2部のマインツの監督に就任し、2003ー04シーズンには初のブンデスリーガ昇格に導きました。

2006-07シーズンに2部に降格。2007-08シーズンでも昇格を逃したため退任。

2008-09シーズン、ドルトムントの監督に就任すると、低迷していた名門を復活させ、2010-11シーズンには香川真司選手らの活躍により、9シーズンぶりのリーグ制覇に導き、自身初のタイトルを獲得しました。

しかし、その後はバイエルンに後塵を拝し、2014-15シーズンは一時降格圏内まで転落するなどチームの過渡期を迎え、2015年4月にシーズン終了後の退団を発表。

2015年10月、成績不振で解任されたロジャース氏の後任でリバプールの新監督に就任。

厳密な分析に裏打ちされた戦略を元に、選手を巧みに鼓舞するモチベーターとして就任2年目には代名詞のトランジションスタイル確立。

3年ぶりチャンピオンズリーグ出場権をもたらすと、2018-19シーズンには14年ぶりとなる6度目のチャンピオンズリーグ優勝、2019-20シーズンには30年ぶりのリーグ王者に導きました。

現在もさらにチームを進化させ続けています。

  • 2015-16 リーグ 8位・FAカップ 4回戦敗退・EFLカップ 準優勝・ヨーロッパリーグ 準優勝
  • 2016-17 リーグ 4位・FAカップ 4回戦敗退・EFLカップ ベスト4
  • 2017-18 リーグ 4位・FAカップ 4回戦敗退・EFLカップ 3回戦敗退・チャンピオンズリーグ 準優勝
  • 2018-19 リーグ 2位・FAカップ 3回戦敗退・EFLカップ 3回戦敗退・チャンピオンズリーグ 優勝
  • 2019-20 リーグ 1位・FAカップ ベスト16・EFLカップ ベスト8・チャンピオンズリーグ ベスト16
  • 2020-21 リーグ 3位・FAカップ 4回戦敗退・EFLカップ ベスト16・チャンピオンズリーグ ベスト8

2019年6月:チャンピオンズリーグ優勝者

2019年8月:スーパーカップの勝者

2019年12月:クラブワールドカップの優勝者

2020年6月:プレミアリーグチャンピオン

ユルゲンクロップはリバプールフットボールクラブで王朝を築いています

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私なりのまとめ

それぞれ個性ある名将達の中でも、圧倒的にクロップ監督が、実績・カリスマ性で抜きん出ていると思います。

やはり時代が求めていたということでしょうか。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

【年代別】リバプール 歴代メンバー 一覧|背番号付きで紹介

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