ACミラン 歴代キャプテンまとめ!顔写真付きで紹介

こんにちは、低迷期から抜け出し強いミランが戻ってきましたね。

やはり”ミラン=王者”という認識が強く、セリエA奪還に多くのミラニスタも切に願っていることでしょう。

そこで今回は、名門・ミランを支え、牽引してきました偉大なキャプテンについてまとめてみました。

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歴代キャプテンまとめ!

ニルス リードホルム(在籍:1949-1961)

出典元:ja.wikipedia.org

本名:ニルス・エリック・リードホルム

愛称:バローネ(男爵)

生年月日:1922年10月8日

没年月日:2007年11月5日(85歳没)

出身地:スウェーデン・バルデマーシュビーク

身長:183cm

ポジション:MF

背番号:10、9

【プレースタイル】

  • ミッドフィールダーとしてのあらゆる資質を備えた完成度の高いプレーヤー。
  • 左右両足の柔らかいボールタッチ。
  • 背筋の伸びたスムーズな身のこなし。
  • 正確無比のパスワーク。
  • 卓越した戦術眼。
  • 強力なヘディングとミドルシュート。

★1938年に「Valdemarsviks IF」でサッカーをはじめ、1942年にIKスレイプニル、1946年からはIFKノーショーピングへ移籍し、2度のリーグ制覇に貢献しました。

★1949年にイタリアのACミランへ移籍し、9月のサンプドリア戦でリーグデビューを飾り3-1の勝利に貢献。その後レギュラーに定着すると37試合に出場し18ゴールを決めました。

在籍期間には・・・

  • 4度のリーグ制覇(1951年、1955年、1957年、1959年)
  • 2度のラテンカップ制覇(1951年、1956年)
  • UEFAチャンピオンズカップ準優勝(1958年)

主将として数々のタイトル獲得に貢献してきました。

ニルス・リードホルム(ACミラン、1949-1961; 359試合出場、81ゴール)。

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チェーザレ マルディーニ(在籍:1954-1966)

キャプテン就任:1961-1966

出典元:commons.wikimedia.org

愛称:チェザローネ・イル・グランデ(偉大なるチェーザレ大人)

生年月日:1932年2月5日

没年月日:2016年4月3日(84歳没)

出身地:イタリア・トリエステ

身長:182cm

体重:76kg(現役時)

ポジション:DF

背番号:5

【プレースタイル】

  • 傑出したボールスキル。
  • 相手の動きを素早く読み、危機察知能力が優れている。
  • 自陣のペナルティエリアでボールを持ち、敵FWに迫られても、フェイントひとつで軽くそれをかわし、前線に正確なロングパスを送り込む。

★1952年に地元のクラブチーム・トリエスティーナでキャリアをスタートし1953年5月のパレルモ戦でセリエAデビューを果たします。

トリエスティーナで2シーズンを過ごすと、1954年にACミランへ移籍。

★加入してすぐにチームの中心選手となり、1954-55シーズンタイトル獲得に貢献しました。

★1961年にチームのキャプテンを務め、ヨーロピアン・カップ優勝という初のビッグイヤーを手にしました。(それまでレアル・マドリードの5連覇とベンフィカの2連覇と、スペインとポルトガルのクラブで独占。)

  • セリエAで347試合に出場、3ゴールを記録。
  • すべての大会では412試合に出場。
  • 4つのリーグタイトル獲得。

というミランで偉大な記録を残しています。

チェーザレマルディーニの84歳の誕生日おめでとう。#ACMilan 1961年から1966年までのキャプテン。

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ジャンニ リベラ(在籍:1960-1979)

キャプテン就任:1966-1979

出典元:ja.wikipedia.org

本名:ジョバンニ・リベラ

愛称:超頭脳

生年月日:1943年8月18日

出身地:イタリア・ピエモンテ州アレッサンドリア

身長:175cm

体重:68kg(現役時)

ポジション:MF

背番号:10

【プレースタイル】

  • 典型的な、そして理想的な司令塔(ファンタジスタ)。
  • 正確なボールコントロールと長短のパスを高精度で蹴り分けるテクニック。
  • プレーの展開を瞬時に読み取る卓越した戦術的インテリジェンス。

★幼い頃から天才と呼ばれ1953年、弱冠15歳で地元のクラブ・アレッサンドリアからセリエAにデビューを飾りました。(アメデオ アマデイ選手の15歳281日に次ぐセリエA歴代2位の年少記録)

★59-60シーズンには、すでにレギュラーとして25試合に出場、6得点を挙げミランにスカウトされることに。

★1960年に名門ACミランへ移籍します。

  • すぐにレギュラーとして30試合に出場。(17歳)
  • 1961-62シーズンにはスクデット。(18歳)
  • 1962-63にはチャンピオンズカップ優勝。(19歳)
  • 19歳でバロンドールの投票で第2位に選出。

といった活躍を見せ、大器の片鱗をうかがわせていました。

★1967-68シーズンには、ミランにとって通算9度目となるスクデットとカップウィナーズカップの2冠達成。

★翌1986-69シーズンには、チャンピオンズカップとインターコンチネンタルカップの2冠達成に導く活躍をみせ、この年には、イタリア人として初めてバロンドールを獲得し、ヨーロッパ最高の「10番」(世界最高はペレだった)という評価をほしいままに。

★1970年代は、ユニフォームの胸に「星」をつける権利をもたらす通算10度目のスクデットを、追い求めては挫折した10年間を送ることになりますが、現役生活最後となりました78-79シーズン、11年ぶり通算10度目となるスクデットを勝ち取ることに成功。これ以上ない形で自らのキャリアに幕を引くことになりました。

ジャンニリベラ、ACミラン、yジジリーヴァ、カリアリ。

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フランコ バレージ(在籍:1977-1997)

キャプテン就任:1979-1997

出典元:ja.wikipedia.org

本名:フランチェスキーノ・バレージ

愛称:ピッシニーン

生年月日:1960年5月8日

出身地:イタリア・ロンバルディア州ブレシア県トラヴァリアート

身長:176cm

体重:70kg(現役時)

ポジション:DF

背番号:6

【プレースタイル】

  • プレーの状況を瞬時に読み取る鋭い戦術眼
  • 爆発的なスピード。
  • 正確な両足のテクニックとキック力。
  • 強烈なリーダーシップ。

★地元のアマチュアクラブでサッカーを始め、1974年、15歳の時にインテルはじめ、セリエAの各クラブの下部組織への入団テストを受けますが、体格がプロ向きではないという理由で不合格。

しかし翌年、ミランの入団テストを受けて合格します。

★1978年、下部チームで実力が評価されトップチームに昇格。4月に行われましたエラス ヴェローナ戦でセリエAデビューを飾りました。

★78-79シーズン、弱冠18歳でリベロのレギュラーに抜擢され、全試合に出場して11年ぶり通算10度目となるスクデット獲得に大きく貢献し、イタリアの将来を背負うリベロと呼ばれるようになります。

★しかし翌1980年には、大規模な不法賭博スキャンダルが発覚し、事件に関与したとしてACミランはラツィオと共にセリエBへの降格処分となりました。

★その後、一度復帰した後に今度は実力でセリエBに降格。さらにクラブの経営破綻、二度に渡る膝の故障など、「ミラン暗黒時代」を体現。

★1987年、アリーゴサッキ監督が持ち込んだ戦術・ゾーンディフェンスによって才能を完全に開花させます。

リベロではなくディフェンスラインを統率するセンターバックという役割を担うようになると、ディエゴマラドーナ選手を擁したSSCナポリを抑えスクデットを獲得。

さらにはUEFAチャンピオンズカップ優勝、インターコンチネンタルカップ優勝の3冠を達成しました。

その後も・・・

  • UEFAチャンピオンズカップ2連覇、インターコンチネンタルカップ2連覇(1988年)
  • 1991-92、1992-93、1993-94とセリエA3連覇。(特に1991-92は無敗優勝)
  • 1993-94のチャンピオンズリーグ優勝
  • 1995-96、最後のセリエA優勝

とミランが世界最強を誇った、80年代後半から90年代半ばまでのほぼ10年間を通して、偉大なキャプテンとしてミランに君臨しました。

★1996-97シーズン、ミランで20年間、セリエA、B通算532試合という輝かしいキャリアを残して現役を引退。

ミラン一筋を貫いた偉大なるキャプテンの功績を賛え「背番号6」は永久欠番となっています。

クラシックなワンクラブの男性。

#6フランコ・バレージ、ミラノ。

1977年から97年までのミランでの20年、そして500以上のゲーム。彼らが6番のシャツを引退したのも不思議ではありません。

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パオロ マルディーニ(在籍:1985-2009)

キャプテン就任:1997-2009

出典元:ja.wikipedia.org

本名:パオロ・チェーザレ・マルディーニ

愛称:パオリーノ、イル・カピターノ(ザ・キャプテン)

生年月日:1968年6月26日

出身地:イタリア・ロンバルディア州ミラノ

身長:186cm

体重:85kg(現役時)

ポジション:DF

背番号:3

【プレースタイル】

  • 利き足が右足にもかかわらず、10年以上世界最高の左サイドバックの座を守り続けた。
  • 優れた攻撃センス。
  • 1対1での強さ。
  • 瞬時の状況判断と戦術理解能力が高い。
  • 豊富なスタミナと闘志あふれるスライディングタックル。

★60年代前半の偉大なキャプテン、チェーザレ マルディーニ選手の息子として、1985年1月に行われましたウディネーゼ戦で16歳にしてセリエAにデビュー。

1987年1月にはコモ戦でセリエA初ゴールを決め、レギュラーの座を不動のものに。

  • セリエA優勝7回(1987-88, 1991-92, 1992-93, 1993-94, 1995-96, 1998-99, 2003-04)
  • コッパ・イタリア優勝1回(2002-03)
  • イタリア・スーパーカップ優勝5回(1988, 1992, 1993, 1994, 2005)
  • UEFAチャンピオンズリーグ(UEFAチャンピオンズカップ)優勝5回(1988-89, 1989-90, 1993-94, 2002-03, 2006-07)
  • UEFAスーパーカップ優勝5回(1989, 1990, 1994, 2003, 2007)
  • インターコンチネンタルカップ(FIFAクラブワールドカップ含む)優勝3回(1989, 1990, 2007)

と2009年の現役引退まで、サッキ、カペッロ、アンチェロッティという3人の監督が築いた3つの黄金時代すべてで主役を演じ「世界最高のディフェンダー」「イル・カピターノ」(ザ・キャプテン)としてクラブの歴史を、本当の意味で象徴する選手となりました。

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マッシモ アンブロジーニ(在籍:1995-2013)

キャプテン就任:2009-2013

出典元:ja.wikipedia.org

愛称:マックス、アンブロ

生年月日:1977年5月29日

出身地:イタリア・マルケ州ペーザロ

身長:182cm

体重:72kg(現役時)

ポジション:MF

背番号:23

【プレースタイル】

  • 精神的支柱であるメンター。
  • 派手さはないが攻守両面でマルチな能力を備えている。
  • 危険察知能力も高く、力強いタックル。
  • 試合終了までバテない豊富なスタミナ。
  • 空中戦に強く決定力も高い。

★1994年にセリエBのACチェゼーナでプロとしてのキャリアをさせると、翌年の1995年にはカペッロ監督(当時)のたっての希望で名門のACミランへ移籍。

しかし怪我に苦しむ時期が長く、レギュラー定着とはいきませんでしたが、出場すれば良いパフォーマンスを発揮。

  • セリエA優勝3回(1995-96, 1998-99, 2003-04)
  • コッパ・イタリア優勝1回(2002-03)
  • イタリア・スーパーカップ優勝1回( 2005)
  • UEFAチャンピオンズリーグ(UEFAチャンピオンズカップ)優勝2回(2002-03, 2006-07)
  • UEFAスーパーカップ優勝2回(2003, 2007)
  • インターコンチネンタルカップ(FIFAクラブワールドカップ含む)優勝1回(2007)

とファビオ カペッロ、アルベルト ザッケローニ、カルロ アンチェロッティ、マッシミリアーノ アレッグリら歴代の名将たちと数々のタイトル獲得に貢献してきました。

★2006-07シーズン後半から安定して出場するようになると、2009年夏、引退したパオロ マルディーニ選手に代わり、ミランの新キャプテンに任命されます。

低迷期に入っていた時期も重なり、主将としてタイトル獲得とはいきませんでしたが、素晴らしいキャプテンシーでチームを牽引してきました。

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リッカルド モントリーボ(在籍:2012-2019)

キャプテン就任:2013-2017

出典元:ja.wikipedia.org

愛称:リッカ、リッキー

生年月日:1985年1月18日

出身地:イタリア・ロンバルディア州ベルガモ県カラヴァッジョ

身長:181cm

体重:76kg(現役時)

ポジション:MF

背番号:18

【プレースタイル】

  • 中盤のセンターポジションならどこでもでき、 ミランでは主にレジスタとして下がり目の位置でプレー。
  • 中盤でのボールキープや、精度が高く機知に富んだ長短のパスで試合にアクセントが付けられる。
  • フリーでスペースに走り込む動き、クサビのパスやスルーパスなどを使って攻撃を縦に加速させる優れた戦術眼。
  • 豊富なスタミナもあり守備力にも定評がある。

★2003-04シーズンに、当時セリエBに所属していたアタランタにおいて、18歳でプロデビューを飾りすぐにチームの主力選手として活躍。

★2005年8月、アタランタがセリエBに降格したため、当時若手選手主体のチーム作りに移行していたACFフィオレンティーナに移籍しました。

移籍当初はレギュラーポジションをつかめず、途中交代での出場がほとんどでしたが、守備面で成長や安定した質の高いプレーを披露し続けた結果、2007-08シーズンからレギュラーとして定着。

2010年よりキャプテンを務めるとセリエA屈指のプレーヤーと評価されました。

★2012年の夏にはフリーでACミランへ移籍。

★2013年6月には退団が決定したマッシモアンブロジーニ選手の代役として、ミランの主将に就任しました。

今日32歳になるミラノのキャプテン、リッカルド・モントリーボにお誕生日おめでとう!

130試合
7ゴール
スーペルコッパイタリアーナ(2016)

★2015年10月にはミランでの100試合出場達成しますが、チームの不振もありキャプテン就任以来、8位(2013-14)、10位(2014-15)、7位(2015-16)、ティフォージの支持は微妙なままに。

また、十字靭帯断裂など満身創痍の状態が続き、シーズンを追うごとに出場機会も激減。

★2018-19シーズンは出場機会が全くなく、シーズン終了後に契約満了で退団となりました。

その際に自身への待遇の悪さを理由にミランに不満をぶつけ大きな話題にもなりました。

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レオナルド ボヌッチ(在籍:2017-2018)

キャプテン就任:2017-2018

出典元:ja.wikipedia.org

生年月日:1987年5月1日

出身地:イタリア・ラツィオ州ヴィテルボ

身長:190cm

体重:85kg

ポジション:DF

背番号:19

【プレースタイル】

  • エアバトルに絶対の自信を持っており、球際に激しく人に強い。
  • クサビの縦パス、散らすパス、長短のパスが逸品な世界屈指の「最終ラインのレジスタ」。
  • 戦術的理解度が高く、混戦の中でも冷静で的確な判断が高い。

★インテルの下部組織出身で2009-10シーズン、アンドレアラノッキア選手とセンターバックでコンビを組み、堅固な守備でバーリの躍進を支えブレイクします。

★2010年7月にユベントスへ移籍。移籍して1年半は不安定なプレーが多かったですが、アントニオコンテ監督就任後には3バックの中央で安定したプレーを披露。

ユベントスでは公式戦319試合で22得点を記録し、7年間で6度のセリエA優勝に貢献。

★2015-16シーズンには「UEFAチーム・オブ・ザ・イヤー2016」に選出、セリエAベストイレブンとセリエA年間最優秀選手賞を受賞されるなど、ユベントスにとって欠かせない選手となりましたが、アッレグリ監督との衝突により、17年7月に5年契約でミランへ電撃移籍となりました。

★2017-18シーズン、ミランの主将として35試合に出場・2得点の活躍を見せますが、チームはリーグ戦を6位の成績に終わり、ミランを復活させることはできず、翌年の2018年夏に再びユベントスに移籍となりました。

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アレッシオ ロマニョーリ(在籍:2015-)

キャプテン就任:2018-

出典元:ja.wikipedia.org

生年月日:1995年1月12日

出身地:イタリア、ラツィオ州ローマ県アンツィオ

身長:188cm

体重:78kg

ポジション:DF

背番号:13

【プレースタイル】

  • 対人戦には絶対の自信をもっている。
  • 空中戦にも強く最終ラインとして後方で相手の攻撃を跳ね返す。
  • 常にしつこくマークし、ポストプレーに徹しようとする相手FWに食らいつき、起点を徹底的につぶす。
  • 軽率なプレーも少なく、ファウルも織り込んだ老獪な守備で常にチームにとって利のあるプレーを選択。
  • リスクを排除したビルドアップ能力はリーグ屈指。

★2012-13シーズンにローマのトップチームに昇格し、17歳にしてプロキャリアをスタート。

★2013年3月のジェノア戦で、クラブの象徴・トッティ選手のCKから記念すべきセリエA初得点を挙げました。

★2014年9月にはサンプドリアへレンタル移籍となり2015年8月、サンプドリアで指導を受けていたシニシャミハイロヴィチ氏が監督に就任したACミランへ移籍となりました。(推定移籍金2500万ユーロ)

★2015-16シーズン、史上最高のCBの1人にも名前が挙がるアレッサンドロネスタ氏が着用していた背番号13を継承するなど、クラブ側の期待に応える形でリーグ戦34試合に出場し、若きディフェンスリーダーとして評価されます。

★2016-17シーズン、2016年12月に行われましたスーパーコッパイタリアーナ決勝・ユベントス戦(1-1引き分けPK4-3)でフル出場しミランの優勝に大きく貢献するなど、リーグ戦27試合に出場と好調なシーズンとなりました。

★2018年夏にはミランの主将に就任。チームの支柱としてポジションを完全に確保しリーグ戦32試合に出場。(2得点)

★寡黙な背中でチームを牽引し、DFとしての技術や戦術の順応性だけでなくスタイルも高評価を受け、着実にミラン主将としてのキャリアを積んでいます。

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私なりのまとめ

歴代の偉大なキャプテンを紹介してきましたが、ミランの低迷に比例する形でアンブロジーニ選手から、キャプテンに対するクラブ側の扱いが雑になっているように感じます。

やはり名門らしくキャプテンに対しては、最後まで敬意を払ってほしいと思いますね。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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